アイリスとチューリップ 世界を動かした花の秘密|地球ドラマチック

NHK・Eテレの「地球ドラマチック」でアイリスとチューリップ 世界を動かした花の秘密が放送されました。花をつける植物は地球上に30万~40万種あります。しかし私たちを魅了するものはほんのわずかです。今日、私たちが愛好する花の多くは原種とはかなり違う姿をしています。人工的な改良によって様々な品種が生み出されてきたのです。特にアイリスとチューリップを人々を夢中にさせた人気の高い花で人類の歴史までも動かしました。そして現在も世界中でさらなる品種改良がすすめられています。

 

アイリスの魅力

アイリスは花粉を媒介する昆虫と密接な関係を築いてきた花です。アイリスは古代文明の時代から人々に愛され世界中の園芸愛好家を魅了してきました。イギリス・ダンウィッチは4000万年前、この一帯は熱帯雨林で現在とは全く異なる環境でした。アイリスの物語はここから始まります。哺乳類が多様な進化を始めていた時代、植物と昆虫も進化の途上にあり数を増やそうと互いに力を合わせていました。花々の間では花粉を運んでくれる昆虫の気を引こうと熾烈な競争が繰り広げられていました。ルールは単純でした。子孫を少しでも多く残すために受粉のチャンスを増やすこと。そのためには他の花より少しでも目立たなくてはなりません。アイリスは有史以前から広告競争の真っただ中にいたのです。アイリスがとった手段は花を非常にきらびやかなものにするというものでした。アイリスは地球上で最もゴージャスな花の一つに数えられます。アイリスという名はギリシャ神話の虹の女神イーリスにちなんで名付けられました。アイリスは旗を意味するフラッグとも呼ばれています。外に向かって垂れ下がる外花被片と内側で立ち上がる内花被片が旗のように見えるからです。独特な模様と派手な色彩は昆虫を引きつけるのにうってつけです。多くの花の中にあってもすぐに見分けることができます。

 

アイリスとミツバチの関係

ミツバチが見ている世界は人間が見ている世界よりも鮮明で花は一層鮮やかに見えます。ミツバチは特に黄色い色に引き寄せられます。花粉を連想させるからです。またミツバチは紫外線をとらえることができるので人間には見えない色も見ることができます。花びらの明るい部分は紫外線を反射し、暗い部分は吸収するため目立つ模様があらわれるのです。魅惑的な色をした花びらに暗い模様がある光景はミツバチにとって格好の目印になります。こうした模様は実はミツバチに助けられて進化したものです。ミツバチは遥か昔から魅力的な姿を香りを持つ花を好んできました。紫外線によって浮き立つ模様がある花は、そのぶん受粉の機会が増え子孫を残す可能性が高まります。それが進化をうながす結果になったのです。ミツバチとアイリスは驚くほど複雑な関係を築いています。ミツバチは花の中に入っていくとフリルのようになった部分に体が触れます。雌しべの先端にある柱頭です。ミツバチが他の花を訪れた時、体についた花粉がこすりとられて柱頭にい付着。こうして受粉が行われます。ミツバチはさらに奥へと進み、蜜を探します。甘い蜜はミツバチにとって最高のご褒美です。ミツバチは口先から毛で覆われた舌を出して蜜を飲み、蜜袋と呼ばれる体内の器官に送り込みます。蜜袋がいっぱいになるとミツバチは巣に戻ります。蜜を飲んだミツバチが表に出る時、雄しべの先端の葯という部分に体が触れます。そこには花粉が詰まっているので、ミツバチの体に花粉がくっつきます。その体で他の花を訪ねまた受粉を助けるのです。ミツバチは受粉の手助けをしますが、一方で花粉を食料にもしています。前足の硬い毛を使って花粉をこそぎ落とし、後ろ足の花粉カゴにためて巣に運びます。ミツバチの脳の大きさは人間の1万分の1程度しかありませんが、多くの蜜を得られる花の形や色はもちろん人間の顔さえ見分けることができると考えられています。こうしてアイリスは地上のあらゆる所に自生し約250種類を数えるほどに進化しました。

 

生と死の象徴

アイリスはミツバチだけでなく人間も強く魅了してきました。人間とアイリスの関係はギリシャ、エジプト、メソポタミアという古代文明の時代にまでさかのぼります。アイリスの語源となったのはギリシャ神話の虹の女神イーリス。天の神々と地上の人間とを結ぶ階段を作ったとされ生と死の両方を連想させる存在でした。古代ギリシャ人は虹の女神が亡くなった女性をあの世に連れていくと信じていました。そのため女性の墓にはしばしばアイリスが植えられました。

 

フィレンツェの紋章

アイリスはその香りも世界中で愛されてきました。特に14世紀のイタリアでは貴重なものとして扱われました。かつては都市国家として栄えたフィレンツェの歴史と文化にはアイリスが深く関わっています。街のいたるところにアイリスが描かれています。かつての街の紋章は白地に赤のアイリスでしたが、メディチ家が権力を握ると白地に赤のアイリスに代わりました。

 

美しさよりも香り

しかし、アイリスの花は作物としては重んじられていませんでした。それどころか捨てられていたのです。貴重とされたのはアイリスの根茎と呼ばれる部分でした。トスカーナ州には昔ながらのやり方でアイリスの根茎から香料を抽出している農家が残っています。根茎を切り落とし皮をむき7ヶ月~5年に渡って倉庫に保管します。そして最後にすりつぶして粉にします。その粉からアイリスのほのかな香りが漂ってくるのです。アイリスの粉末は高級な香水の原料や酒の香りづけなどに使われます。何世紀にもわたりアイリスは花よりも根茎の方が貴重な扱いを受けてきました。しかし19世紀のはじめ、ナポレオンの軍隊が遠征先で偶然野生の交配種を見つけフランスに持ち帰ったことで全てが変わりました。アイリスは観賞用の花として絶大な人気を得るようになったのです。

 

ヒゲの魅力で人気爆発

ナポレオンが持ち帰ったアイリスには大きな特徴がありました。ヒゲのような突起です。ヒゲのあるアイリスは爆発的な人気を獲得し、品種改良によって様々な種類が生み出されていきました。アイリスのヒゲはミツバチをおびきよせるために進化したものです。雄しべに似せていますが、実際の雄しべは別のところにあります。ミツバチは後ろ足の爪を使い、ヒゲに向かって体を引き上げます。ミツバチの爪は花につかまるだけでなく蜜のありかを感知する能力も備えています。ヒゲは雄しべや雌しべのある場所への道案内となり風が強い時にはミツバチがつかまる場所にもなります。

 

アイリスを愛した画家

1870年代、ヒゲのあるアイリスのブームはイギリスにも広がり、人々はこぞってアイリスを育て新しい品種を作り出しました。そのような栽培家の一人に画家のセドリック・モリスがいました。モリスはアイリス栽培を芸術の域にまで高めたと言われています。モリスが作りあげた品種の大部分は、もはや彼の絵画の中でしか見ることができません。セドリック・モリスのアイリスは大半が行方知れずになってしまいましたが、絵画は今も高い評価を受け美術館で展示されています。彼の愛したアイリスは素晴らしい絵画のモチーフとなり、その姿をキャンバスの上にとどめているのです。アイリスは長い歴史の中で多くの人の心をつかんできました。ミツバチをひきよせるために進化した姿が人間をもひきよせることになったのです。アイリスは品種改良がしやすいため、多くの園芸家が今も素晴らしい品種を作り出しています。

 

野生のチューリップ

チューリップの太古の祖先は約3000万年前、中央アジアで進化をとげました。チューリップがミツバチに提供するのは花の蜜だけではありません。花の中の温度は周囲よりも5℃近く高くなっています。この暖かい空気のポケットが中にいる昆虫が山の厳しい気候から守ります。ミツバチはしばしばチューリップの花の中で一晩を過ごし、食事と休憩をとります。そして次の朝にはチューリップの花粉にまみれて飛び立つのです。

 

美と完全の象徴

シルクロードの一つの終着点がイスタンブールです。マルコ・ポーロ、チンギス・ハン、アレクサンドロス大王など古代から多くの偉人たちが訪れたイスタンブールはチューリップをめぐる文化の中心地となりました。イスタンブールに最初にチューリップを持ち込んだのは11世紀のトルコの人々だと考えられています。チューリップはスパイスや絹とともに交易品として市場で売られていました。何世紀にもわたってチューリップはトルコの象徴とされ、今なお美と完全を意味するものとみなされています。オスマン帝国においてチューリップは宗教的な意味をおびていました。一つの球根から伸びる一本の茎とただ一つの花は、唯一の神を思わせるものでした。

 

自然交配で見事な花

チューリップは球根だけでなく種子からも育ちます。品種改良するには受粉によってできた種子が欠かせません。食料にありつくためにやってきた昆虫の助けを借りて、花は受粉を行います。花粉は雄しべの先端にある葯で作られます。たっぷりと水を含んだ雄しべの先で花粉を含んだ葯は膨れ上がり、やがてはじけます。葯は裏返り花粉がむきだしになります。空気にさらされて花粉は乾燥し飛び散りやすくなりますが、まだこの時点では休眠状態のままです。虫は蜜を食べるうちに花粉まみれになります。そして次のごちそうを探しに行き、花粉を別のチューリップに届けます。チューリップの雌しべはゼリー状の物質で覆われています。雌しべについた花粉は水分を吸って休眠状態から目覚め受精します。16世紀のオスマン帝国では皇帝の庭で選ばれたチューリップ同士が自然に交配し、種子を作り出しました。多様な遺伝子が混ざりあった種子からは時に驚くほど美しい花が咲きました。

 

皇帝が愛した花

アフメト3世はチューリップを愛でる宴や品評会をもよおし、貴族たちとともにお気に入りの花が開いたり閉じたりする光景を楽しみました。チューリップの花が朝夕にみせる動きは優雅なバレエのようです。チューリップの1日は朝花が開くことで始まります。その活動は気温の変化と連動しています。朝、気温が上がり始めると花びらの内側の表面が外側よりも速く膨らみます。その圧力によって花が開くのです。そして夕方、気温が下がると逆の現象が起きて花は閉じます。チューリップが朝夕にみせる優雅なバレエはオスマン帝国の皇帝や貴族たちを魅了しました。こうしてオスマン帝国の時代に様々なタイプのチューリップが生み出されました。野生のチューリップは交配によって大きな変化を遂げ、イスタンブールから世界中に広まっていきました。

 

チューリップ狂騒曲

チューリップ産業はオランダ経済の要の一つです。広大な市場では一日に1900万本の花が取引されています。しかしチューリップ産業は常に順調な発展をとげてきたわけではありません。オランダにチューリップがもたらされたのは16世紀の末。そのうちチューリップは裕福な人たちの熱狂の的となり、たった1個の球根が運河沿いの屋敷と同じ値段で売られるようにさえなりました。いわゆるチューリップバブルの到来です。人々にそのような熱狂をもたらしたのは、ある特別なチューリップでした。その品種は今では存在しませんが17世紀に作られたチューリップ図鑑にスケッチが残されています。名前はセンペルアウグストゥス(永遠の皇帝)花びらには赤と白の繊細な模様があります。収集に熱をあげたのは裕福な商人や政治家たちでした。彼らはチューリップを自然の芸術品とみなし、絵画を収集するようにチューリップを集めました。利益目当てに市場に参入してきた人々にとってチューリップは芸術品ではなく単なる投機の対象でした。チューリップの球根は猛烈な勢いで売買されました。自分が何を買っているのか分からないままお金をつぎこむ者や、たった一つの球根と酒の醸造場を交換してしまう者まで現れました。投機に歯止めはかからず、世界初のバブル経済は加熱する一方でした。

 

チューリップバブル崩壊!

始まりは1637年2月3日の競りでした。誰もチューリップを買おうとしないため値段が何度も下がったのです。誰もが異常に気付きました。暴落は止まらず、数日後にオランダでのチューリップ取引は完全に停止しました。その時、人々は実質的に価値のないものに浮かれていたことを思い知ったのです。富の象徴であったチューリップは突然強欲さと愚かさの代名詞になりました。

 

まだら模様の正体は…

チューリップバブルの象徴だったまだら模様のセンペルアウグストゥスはその後の栽培されなくなりました。価値が暴落したことだけが理由ではありません。実はまだら模様のチューリップは、チューリップを枯らすウイルスにかかっても生き延びた病気の植物だったのです。センペルアウグストゥスはもとは赤いチューリップでした。しかし、ウイルスが赤い色素の生成をさまたげるため花びらの一部が白くなりまだら模様ができあがったのです。独特の模様は魅力的ですが、ウイルスによって繁殖力が大きく損なわれていました。そのためチューリップバブルが最高潮の時でさえ、まだら模様のチューリップはわずかしか流通しませんでした。センペルアウグストゥスが高値で取引されたのは美しさだけが理由ではありません。数が少なく珍しかったからです。その美しさも珍しさも実はウイルスに侵されていたためだったのです。今日、まだら模様のチューリップはもてはやされるどころか病気の感染源として恐れられています。

 

PLANT ODYSSEYS IRIS AND TULIP
(イギリス 2014年)


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