カメラが誕生して以来、高速撮影も進化を続けてきました。研究者たちは、工夫と改良を重ね桁違いの速さを実現しています。
ハイスピードカメラ 驚異の世界
牛乳のように粘性のある液体を落下させる時に起きる現象がミルククラウン。ひと昔前のフィルムカメラではこうした映像の撮影は困難でした。理由の一つが機械式のシャッター。シャッターの開閉という動作が必要なため、撮影速度に限界があったのです。
そんな世界を変えたのがデジタルカメラの登場です。フィルムの代わりにセンサーを使うようになり、シャッターは電子式にかわりました。物理的なシャッターをなくすことで高速撮影は拡大に進化。では電子式シャッターとはどんなものでしょうか?
デジタルカメラの内部では被写体からきた光がセンサーに当たります。この光を電子に変えることで画像を取り込む仕組みです。ONは画像を取り込む状態、OFFは画像を取り込まない状態です。このオンとオフの切り替えがシャッターの開閉に当たります。電子式シャッターによって撮影速度は飛躍的に向上しました。
1991年には世界初のデジタルハイスピードカメラが誕生。毎秒4500枚の撮影速度を達成しました。普通のカメラでは高速で走行する新幹線の車内の様子は全く分かりませんが、ハイスピードカメラでは乗客の顔までも鮮明に写し出すことができます。こうして生まれたデジタルハイスピードカメラは、様々な分野で役に立っています。
例えば宇宙開発。宇宙空間を漂う微小なゴミ、デブリ(宇宙ごみ)が問題になっています。デブリは秒速10kmという超高速で移動するため人工衛星などに衝突すると大きな被害をもたらします。そこで人工衛星に見立てた2枚の金属板の前に防御壁をセットしてデブリの衝突実験を行いました。防御壁の角度をかえ比較。ハイスピードカメラで確認すると板を斜めにした場合、衝突の衝撃が下方向に広く分散していることが分かりました。衝撃の伝わり方を詳しく見ることで人工衛星の設計にいかすことができるのです。
さらに、工業製品の世界でもハイスピード撮影は不可欠になっています。パソコンはたわむことによって衝撃を受け流しています。落下に強いパソコンを作るためにはこうした検証は欠かせないものになっています。
ハイスピードカメラ 弱点の克服
立命館大学総合科学技術研究機構の江藤剛治さんは、新幹線を撮影した世界初のデジタルハイスピードカメラの開発者です。江藤さんは、画像を転送するのに時間がかかるという問題に長年取り組んできました。
江藤さんが考えたのは、画像の情報を一枚ずつメモリーに送るのではなく転送路に一時的にためておくというアイディアでした。そして転送路に電子がいっぱいになったら、まとめてメモリーに読みだすのです。それなら100分の1秒の壁をこえて撮影することが可能になります。こうして最大で毎秒1600万枚というハイスピードカメラを完成させました。
撮影に挑んだのは、静電気など身の回りで起きる放電現象。これにより、大きな放電の前に小さな放電が起きることが初めて撮影されました。
ハイスピードカメラ 毎秒1億枚の世界
新しい手法を開発したのが、東京大学大学院理学系研究科の合田圭介さんを中心とするチームです。その名もSTEAM(スティーム)実はスティームにはセンサーもフィルムを使われていません。使うのは1億分の1秒ごとに発射されるレーザー光。この光の粒が高速撮影の鍵です。
まず光の粒を波長ごとに分散する装置に通し、升目状に配置。これがフィルムの代わりになります。被写体に当たった光は被写体の形の情報を得て戻ってきます。これがシャッターの役目を果たします。光にシャッターとフィルムの両方の機能を持たせることで、毎秒1億枚の速度が達成されました。
もう一つの課題だった感度は、特殊なファイバーによって解決しました。グルグルと巻かれたファイバーの全長は10km。ここを通過する間に光を強める処理をしています。この処理で、光は300倍以上にまで強められるのです。最後に強められた光を電子に変換、画像が得られるという仕組みです。スティームは様々な産業分野から注目を集めています。
その一つが医療の分野です。東京大学大学院医学系研究科の矢富裕さんはスティームを医療現場で応用する研究を進めています。注目しているのは、がん患者に特有の血液中を流れるがん細胞です。血液1ml中に10個ほど含まれています。もし見つけることが出来れば患者のがんの進行具合や転移の有無を診断する有力な手がかりになると期待されています。
しかし、血液1ml中に含まれる細胞は60億個にも及びます。通常のハイスピードカメラで撮影すると細胞を判別することは困難でした。そこで目に留まったのがスティームです。
ハイスピードカメラ 究極の速さへ
合田さんのチームは、STEAMをさらに超えるスピードを持つカメラを開発しています。その速度は毎秒1兆枚以上。STAMP(スタンプ)と名付けられたカメラはSTEAMと同じく光を分ける技術が使われています。
毎秒1兆枚を実現する秘密は光を出す時間の短さです。約1兆分の1秒間レーザー光を出します。さらに、その光を波長ごとに6つに分解。6分割することで一つの光で6枚連続した撮影ができます。最後に6つの光をセンサーで受け画像を映し出します。
「サイエンスZERO(ゼロ)」
1兆分の1秒を見よ!ハイスピードカメラ最前線
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