伊400 幻の巨大潜水艦|歴史秘話ヒストリア

NHK総合テレビの「歴史秘話ヒストリア」で幻の巨大潜水艦 伊400 ~日本海軍 極秘プロジェクトの真実~が放送されました。太平洋戦争のさなか日本海軍は戦艦大和と並ぶ巨大兵器・潜水艦「伊400」を開発しました。

 

世界初の潜水空母とは

太平洋戦争が終結した翌年の1946年1月、ハワイ・オワフ島に日本海軍の潜水艦「伊400」が到着しました。日本軍の降伏によってアメリカ軍が接収、技術調査のためハワイに運ばれてきたのです。伊400をくまなく調べたアメリカ軍は衝撃を受けたと言います。全長122mの伊400は後に原子力潜水艦が登場するまで世界一の大きさを誇っていました。中でもアメリカ軍を驚かせたのが船体の上に取り付けられた格納筒。中には折りたたみ式の攻撃機が3機搭載されていました。伊400は空から敵を奇襲できる世界初の潜水空母だったのです。調査を終えるとアメリカ軍は伊400を沈めるよう命令。伊400を他の国に渡したくなかったからです。伊400は海深く沈み正確な位置すら分からなくなり、人々の記憶からも忘れ去られていきました。ところが2013年、伊400が見つかりました。発見したのはハワイ大学海洋調査研究所のテリー・カービーさんです。

 

伊400 誕生の秘密

昭和16年12月8日、日本の艦隊がハワイの真珠湾を攻撃し太平洋戦争が始まりました。航空機による奇襲で最初の戦いは日本の勝利に終わりました。この作戦を立案したのは連合艦隊司令長官の山本五十六です。山本五十六は次の一手を考えていました。それはアメリカ本土への直接攻撃。目標はアメリカ東海岸。潜水艦で近づき、そこから航空機を発進。ニューヨークやワシントンを爆撃して敵の戦意をくじこうという作戦です。山本五十六がこの作戦を効果的と考えるには理由がありました。真珠湾攻撃の2ヶ月後、一隻の日本軍潜水艦がアメリカ西海岸を攻撃。被害が少なかったにも関わらず、これまで本土を直接攻撃された経験がほとんどなかったアメリカ国民はパニックに陥りました。市民2人がショックのあまり心臓発作で死亡するほどでした。アメリカ本土攻撃計画に自信を持った山本五十六は新しい潜水艦の建造を指示。それが伊400でした。

 

極秘の建造プロジェクト

昭和18年1月、伊400の建造が広島県呉市で始まりました。昭和17年6月、日本はミッドウェー海戦で大敗。昭和18年4月には伊400の発案者だった山本五十六がソロモン諸島で戦死し、日本は次第に追い込まれていきました。国内では兵器の生産に必要な鉄などの資材が不足し始めていました。海軍では伊400よりも空母などを作るべきだという声が上がりました。当初18隻を予定していた伊400型潜水艦の建造計画は10隻に減らされました。建造が始まってから2年、伊400は完成しました。

 

パナマ運河を攻撃せよ!

伊400の乗組員は総勢195名、多くが10代20代の若者でした。昭和18年に入ると戦局は連合国側が有利に傾いていました。9月には日本の同盟国イタリアが降伏。同じくドイツも敗色濃厚となっていました。ドイツが敗れれば大西洋に派遣されていたアメリカ艦隊が日本と戦うためパナマ運河を通って太平洋に来るのは明らかでした。そこで新たな作戦パナマ運河の攻撃が立案されました。パナマ運河は太平洋と大西洋を結ぶ交通の大動脈。ここを破壊できればアメリカ艦隊は南米を大きく迂回しなければならず太平洋到着を大幅に遅らせることができます。パナマ運河攻撃が伊400に課せられたアメリカ本土爆撃に代わる新たな任務でした。

 

突然の作戦変更

昭和20年6月、パナマ運河攻撃は中止になりました。昭和20年5月、ついに同盟国ドイツが降伏。それにより大西洋のアメリカ艦隊の多くがすでに太平洋に移動。パナマ運河破壊の意味は失われていたのです。さらにアメリカ軍は沖縄に上陸。日本本土での決戦が目前に迫っていました。こうした中、伊400に新たな任務が与えられました。南太平洋ウルシー環礁への攻撃です。ウルシー環礁にはアメリカ軍機動部隊が集結し日本侵攻への準備を進めていました。このとき攻撃機に課せられたのは特攻でした。昭和20年7月、伊400は出港。日本を出てから約2週間後の8月6日、伊400はオーストラリアからのラジオを受信しました。ラジオは「広島が新型爆弾で全滅した」と言っていました。伊400が日本を離れた後、アメリカは原子爆弾を広島に投下。2日後、ソ連が日本に宣戦布告。さらに8月9日には2発目の原子爆弾が長崎に投下されました。こうした情報はラジオや無線を通じて伊400の艦内にも伝わりました。そして8月15日、日本の降伏を伝えるラジオを受信しました。館長の日下敏夫中佐は乗組員全員とともに日本に戻ることを決断しました。

 

潜水空母の最期

帰途についた伊400は日本の近海でアメリカの駆逐艦に発見されました。日本の軍艦旗は星条旗に変えられ、伊400はアメリカ軍に伴われ横須賀に寄港。その後、伊400はアメリカに引き渡されることが決まりました。昭和20年9月、乗組員たちに解散の命令が出されました。乗組員たちが故郷に戻った後、伊400はハワイに運ばれました。専門家の手で徹底的に調査するためです。アメリカは伊400を自国軍の潜水艦として運用することまで検討。しかし突如方針を一変。アメリカ軍が伊400を突然沈めた理由は明らかになっていませんが、当時敵対しつつあったソ連から伊400を検分したいという申し入れがあった直後のことでした。


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