増殖中!ヒアリ 大地を支配!毒針の脅威|地球ドラマチック

ヒアリの学名はソレノプシス・インヴィクタ。インヴィクタとはラテン語で「攻略不可能」という意味です。ヒアリは自然環境や人間社会に様々な被害をもたらしています。

 

中でも深刻なのは農業への影響です。根や葉にヒアリが潜んでいる可能性がある農作物は出荷前に検査と処理を行わなくてはなりません。幼い家畜がヒアリに刺されて死ぬこともあります。ヒアリがアメリカ経済にもたらす損失は毎年、日本円にして数千億円にのぼります。

 

毒を注入!他の種を駆逐

ヒアリの研究は世界各地で進められていますが、まだ生態は謎に満ちています。

 

ヒアリは新たな土地に侵入すると増殖を始めます。一つのコロニーの個体数は最大で4000万匹。競争関係にある他の種を根絶やしにし、食糧を独り占めにします。

 

ヒアリは腹部の先端にある針で敵を刺し、強い痛みを引き起こす毒を注入します。

 

アマゾンからアメリカへ

ヒアリの本来の生息地は、ブラジルのアマゾンのジャングルです。アマゾンにはヒアリ以外にも攻撃的なアリがいます。ライバルがいるため、ヒアリだけが生態系を破壊するほど増えることはありません。そのため、ヒアリは特に有害な生物だとは見なされていませんでした。

 

しかし、人間がヒアリを別の土地に運んだことで状況は一変しました。ライバルのいない土地でヒアリは増殖を始めたのです。北アメリカを経てフィリピン、中国、タイ、オーストラリアにも侵入しました。

 

いかだを作って生き延びる

北アメリカに侵入したヒアリは、環境への高い適応力を発揮して増え続けました。例えば、ヒアリは洪水もうまくのりきってしまいます。もともと生息していたアマゾンでは頻繁に洪水が起きていたからです。

 

洪水にみまわれると、ヒアリは集まっていかだのようになり水に浮かびます。コロニーの大半のヒアリは水の上でも長時間生きることが出来るのです。

 

コロニーのヒアリの大多数は食糧の調達や育児、巣作りなどを行う働きアリです。多くの働きアリが強いアゴを使って繋がり合い、自らの体で救命ボートのような役割を果たします。

 

いかだを作っている働きアリの中には、途中で溺れ死んでしまうものもいます。仲間のために命を犠牲にするのです。このような行動はアリやハチの世界でよく見られるものです。

 

子供を生むのは女王アリだけです。繁殖能力がない働きアリは、命をかけて女王アリを守ります。より多くの子孫を残すためだと考えられています。コロニー全体が丸ごと溺れないよう自らの命を投げ打つのです。

 

ヒアリは互いの体を繋ぎ、数分でいかだを作り上げます。ヒアリの体は水をはじくため、いかだは水面に浮かびます。

 

しかし、いかだが長時間漂流を続けると飢えをしのぐため働きアリが卵や幼虫を食べてしまうこともあります。いかだが安全な場所にたどり着くと、ヒアリは水から上がり新たな住処を見つけるため移動し始めます。

 

都市部にも生息

ヒアリはもともと湿気の多い熱帯雨林に生息していましたが、様々な環境に適応することができます。都市部でも手頃な土地さえあれば、たちまち自分たちの住処にしてしまいます。

 

ヒアリの際立った特徴はコロニーの大きさです。フロリダは暑いので、ヒアリは地上を長く移動することができません。代わりに、ヒアリは地中にトンネルを張り巡らせるようになりました。複数のトンネルを作り縄張りのあちこちに行けるようにしています。

 

しかし、粘土、砂、小石が混ざった硬い土を掘り進むのは簡単ではありません。ヒアリが好むのは人間の手によって掘り返された柔らかい土です。

 

張り巡らされた巣

働きアリは、常に土を掘り続けトンネル同士を繋ぎ巣を拡大していきます。地中に張り巡らされたトンネルは、夏には日照りから冬には寒さから守ってくれる快適な住処となります。ヒアリは氷点下10℃の寒さにも耐えることが出来ます。

 

一つの巣には25万匹のヒアリが住むことができます。まさに地下の帝国です。ヒアリが好んで巣をつくるのは、洪水などの巨大な力によって土が混ぜ返され柔らかくなった場所です。

 

ヒアリが偶然運ばれてきた北アメリカでは、アマゾンにおける洪水の役割を人間が果たしています。農地や宅地、道路や公園などを作るため森林が伐採され人間の手で土が掘り返されているからです。

 

ヒアリの巣は、いくつかの巣がトンネルによって繋がっている構造です。巣を守るために移動しやすくなっています。

 

コロニーの平均寿命は7~8年。卵を産む女王アリは一匹。父親も一匹なので全てのヒアリは血縁関係にあります。

 

超攻撃的!毒針を何度も刺す

縄張り行動はヒアリの生活の核となるものです。縄張りに侵入しようとするものは何が何でも排除しようとします。

 

ヒアリは巣の中心から偵察を出します。偵察は地下のトンネルを通って縄張りのあちこちに向かいます。そして、隣接する別のコロニーのアリと出会うと互いに相手を威嚇する行動にでます。そのまま戦うこともあれば、何もせずもと来た方向に引き返すこともあります。

 

ヒアリは在来種のアリより小さいものの遥かに攻撃的で、ほとんどの場合相手を打ち負かしてしまいます。ヒアリは、アゴを使って敵にしがみつきお腹の先にある毒針を刺して攻撃します。ミツバチのように刺した後に針が取れることはないため、続けて7~8回相手を刺すことが出来ます。戦いが始まると、ヒアリは体からニオイを出して仲間に応援を求めます。

 

ヒアリの針は鋭く尖り、先端はギザギザになっています。毒はスズメバチの毒と同じくらい強力です。ヒアリはどんな動物も攻撃します。毎年、何百万もの人々が被害にあっています。刺されると膿疱が広がり、何週間にも渡って痕が残ることがあります。またスズメバチなどと同様、強いアレルギー反応を起こし命を落とす危険性もあります。

 

さらに、ヒアリは電気設備にも深刻な被害を与えています。ヒアリが電気回路に入り込みショートさせてしまうからです。変圧器や信号灯、空港のライトなどが故障し、住宅が火事になったケースもあります。被害額は毎年数億ドルにのぼりヒアリを根絶すべきという声が高まっています。

 

深刻 農業への被害

ヒアリは土や木材、家畜などにくっついて新たな土地に侵入します。農業関係者がヒアリを恐れるのは、刺されるだけでなく農作物にも被害が及ぶからです。特に深刻なのは植物の芽が食いちぎられる被害です。

 

ヒアリは農業にとって害虫であるアブラムシと共生関係にあります。ヒアリはアブラムシが出す甘露を食糧とし、代わりにテントウムシなどの天敵からアブラムシを守ります。ヒアリとアブラムシが共に増えることで農作物への被害が拡大します。アブラムシが出した甘露が葉の表面にたまると、植物は十分に光合成が出来ずカビが繁殖して枯れてしまうこともあります。

 

アメリカ南部では、農作物の品質と生産量が大きく減少しました。アメリカ政府は損害を補うために毎年10億ドル以上の出費を強いられています。

 

ゾンビバエで駆除

アメリカ農務省農業研究局のサンフォード・ポーターが特に注目しているのが、ヒアリに寄生する生物を利用して増殖を抑える方法です。

 

ヒアリの本来の生息地であるアマゾンでは、生息密度はアメリカの5分の1~10分の1程度です。アマゾンにはヒアリの天敵がいるからです。天敵となる生物をアメリカでも増やせば、ヒアリの増加を永久に抑えることができるはずです。

 

通称ゾンビバエと呼ばれるノミバエの一種は、アマゾンなどの暑い地域に生息しヒアリの体に寄生することで知られています。ヒアリよりずっと小さいものの恐ろしい能力を持っています。

 

ゾンビバエの腹部には曲がったトゲのようなものがあり、このトゲをヒアリの体に突き刺して一瞬のうちに卵を産み付けることが出来ます。1匹のハエの体内には約200個の卵があります。

 

ゾンビバエの卵がヒアリの体内で孵化して幼虫になると、ヒアリの体液を吸って成長します。そして、ヒアリの頭に向かって移動し始めます。幼虫が2週間かけて頭に移動する間、ヒアリの行動には特に変わった様子は見られません。しかし、頭に入り込んだ幼虫はヒアリの脳を食べ酵素を分泌してヒアリの首を落としてしまいます。

 

興味深いのは、幼虫がヒアリの頭の中で成長し始めるとヒアリの行動までコントロールしてしまうことです。ヒアリは死んだも同然なのに生きて動いています。ゾンビのようなものです。ゾンビバエというあだ名はそこから付けられました。

 

幼虫が成虫になると、別のヒアリに卵を産みつけヒアリの数は次第に減少していきます。このように害虫を駆除するために利用される生物を生物農薬と呼びます。

 

ヒアリが減少すれば産卵場所を失ったハエも自然に数が減るため、生態系のバランスを乱す可能性は低いと考えられています。

 

しかし、効果の及ぶ範囲が狭いため計画を成功させるには大量のゾンビバエを放つ必要があります。

 

オーストラリアでも被害

ヒアリの増殖が大きな問題になっているのはアメリカだけではありません。貿易が盛んになるにつれヒアリの生息域は太平洋を越えて広がっています。ヒアリはアジアの数箇所とオーストラリアで繁殖を始めました。

 

大きな被害が出ているオーストラリアでは、政府が対策に乗り出しています。オーストラリアで最初にヒアリが見つかったのは2001年。アメリカから輸入された陶器の入れ物に潜んでいたのではないかと考えられています。ヒアリの遺伝子を分析した結果、アメリカの南部テキサスとフロリダからやってきたことが分かりました。

 

2001年9月、クイーンズランド州の政府はヒアリ根絶計画を立ち上げ専門家のチームが殺虫剤を散布しました。当初はうまくいっているように思われましたが、やがて殺虫剤を散布した地域の外でもヒアリが発見されました。

 

女王がいっぱい!

ヒアリのコロニーには、女王アリが1匹の「単女王制コロニー」と複数の女王からなる「多女王制コロニー」の2種類があります。

 

単女王制コロニーは、他のコロニーを嫌い互いに離れた場所に生息する傾向があります。女王は数キロの距離を飛ぶ能力があるので、あちこちに分散して自分のコロニーを作ります。単女王制コロニーでは新たに生まれた女王アリは巣にとどまることは許されません。新たな場所で巣を作るために出て行きます。こうしてヒアリの生息域はどんどん広がっていきます。

 

一方の多女王制コロニーでは、複数の女王が一緒に暮らしています。狭い範囲内に複数のコロニーが集まったスーパーコロニーのようなものです。多女王制の女王アリは飛行能力があまりありません。全く飛べないものもいます。巣から遠くへ移動できないため、生息域が広がる速度は遅くなります。

 

しかし、女王の数が多いので、人間が土を掘り起こして女王ごと別の場所に運び生息域が一気に広がる危険性があります。そのためより警戒が必要なのは多女王制コロニーなのです。

 

驚異の繁殖力

多女王制コロニーでは、一つの巣に数十匹の女王が共存していることもあります。女王の役割は卵を産むことです。ヒアリがコロニーを作る1ヘクタールの土地に9万匹の女王がいる可能性があります。

 

1匹の女王は1日に約100個の卵を産むので、ヒアリは毎日900万匹も増えている計算になります。驚異的な繁殖力が対策に取り組んでいる科学者たちを悩ませています。

 

空からの監視

アメリカはヒアリ対策に比較的慎重な姿勢をとってきました。一方、オーストラリアはヒアリ対策に莫大な費用を投じ、高度な科学技術を駆使してきました。

 

ヘリコプターに搭載された熱探知カメラによって、150メートル先にある巣を見つけ出すことができます。地下に隠れたヒアリを空から見つけだす最新の計画が動き出しました。目印になるのはアリ塚です。アリ塚は特殊な形をしている上に冬には周囲より温度が上がります。時には20℃くらいになることもあるので熱探知カメラで見つけ出すことができるのです。

 

ヘリコプターと熱探知カメラの組み合わせによって調査にかかる費用をこれまでの5分の1に減らすことができます。カメラが記録した画像を分析し、巣の位置を正確に特定します。

 

ヒアリの駆除は、まず棒でつついてトンネルを塞ぎ女王アリが逃げられないようにします。巣の状態を確認したら殺虫剤を散布。そして、巣を塞ぎ薬品が隅々までいきわたるようにします。その後、オフロードカーで周辺に薬品入りのエサをまきます。万が一女王が巣から逃れた場合の予防策です。

 

巣の周辺にまかれるエサはヒアリが好む物質を混ぜた薬品です。働きアリは喜んで巣に持ち帰ります。女王アリがこれを食べると薬の作用で数時間後には卵が産めなくなります。繁殖能力を失ったコロニーはやがて消滅することになります。

 

地域社会で拡大阻止

学校でも子供たちにヒアリの危険性を教えています。正しい知識を持つことがヒアリの増殖を防ぐことに繋がります。

 

今、ヒアリが確認されているのはクイーンズランド州だけですが、他の地域に広がる可能性もあります。そのため、苗木などヒアリが潜んでいる可能性があるものは移動を厳しく制限しています。全ての港でヒアリが潜んでいる可能性のある貨物は検疫にかけられます。ブリスベンの港ではヒアリが放つニオイを40m先から嗅ぎ分けられるよう訓練された犬がパトロールを行っています。

 

大地を支配!毒針の脅威

ヒアリの増殖は人間社会に被害をもたらします。一般的に害虫とみなされるのは仕方のないことです。

 

しかし、スズメやネズミと同様、害がある生物だと見なし駆除するのはあくまでも人間側の都合です。ヒアリそのものは悪でも何でもない、単なるアリの一種にすぎません。人間によって与えられたチャンスをうまくいかしているだけです。より大きな視点でヒアリを見ることも忘れてはいけません。

 

近年の研究によって、ヒアリが世界の半分の地域で増殖する可能性が指摘されています。しかし、ヒアリの侵入に備えが出来ている国はごくわずか。対策に必要な予算がある国はさらにわずかです。

 

港に停泊して船のどこかにヒアリが隠れているかもしれません。ヒアリが世界各地に広がるのを防ぐことは出来るのでしょうか。

 

CONQUERORS THE FIRE ANT
(フランス 2013年)

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