角川春樹は今…俳優・榎木孝明との因縁と友情|爆報!THEフライデー

角川春樹(かどかわはるき)さんは角川書店創業者の角川源義の長男として生まれ、1975年父の他界により2代目社長に就任。角川書店は当時、小さな一出版社にすぎませんでしたが、角川春樹さんが社長になるやいなや時代を大きく動かす存在になりました。

 

メディアの風雲児

日本映画界が大きく低迷していた1976年、角川春樹さんが手掛けた「犬神家の一族」が空前の大ヒット。その後、彼の指揮のもと「悪魔の手毬唄」「悪魔が来りて笛を吹く」など横溝正史作品を次々映画化し空前のミステリーブームを生みました。

 

こうした大ヒット作を生んだ名コピーが…

読んでから見るか、見てから読むか。

 

原作小説の出版と映画公開を同時に行うというかつてないメディアミックスを展開。さらに、インパクトのある劇中のセリフをCMコピーに使うなど大衆の心をつかみました。さらに、今となっては当たり前となった書籍のカバーも角川書店が本屋で目立ちやすいようにと発案して定着したものです。

 

そんな角川春樹さんの言葉はいつも豪快。誰もが震え上がりました。

 

「撮りたい事を撮ればいいんだ」というね、未だにそういう馬鹿がいるんだよね。そういう馬鹿な若手を「馬鹿手」ていうんだよね。

(角川春樹さん)

 

そして、角川映画と言えば芸能史に残る女優を次々と発掘。薬師丸ひろ子さん、原田知世さん、渡辺典子さんなど、それまで誰も知らなかったアイドルをスターとして世に送り出し、大きな社会現象を巻き起こしました。その発掘方法も型破りでした。

 

伝説❶ 原田知世を驚きの方法で発掘!

1982年に公開された「伊賀忍法帖」のヒロインオーディション。時代劇という設定を考慮し15歳以上という年齢制限があったものの約6万人の応募が殺到。このオーディションにやってきたのが無名の新人だった原田知世さんです。

 

原田知世さんは応募条件に満たない14歳で参加。しかも、応募動機は「主演の真田広之さんに会いたくて応募した」という不純なもの。当然、落選は確実だと思われました。しかし、角川春樹さんは彼女を猛プッシュ。

 

神の声が聞こえたんだ!

(角川春樹さん)

 

角川春樹さんいわく、歌唱審査をしている時「私を見て!私を見て!」という不思議な声を聞いたというのです。

 

その後、角川春樹さんは原田知世さんのために映画「時をかける少女」を製作。さらに主題歌も担当させ、文庫本の表紙まで原田知世さんの写真に差し替えました。その結果、「時をかける少女」は配給収入28億円の爆発的なヒットを記録しました。

 

そして、角川映画と言えば新人だけでなく高倉健さんや松田優作さんなど、他でも活躍する大物俳優を次々と出演させることでも人気をさらいました。

 

さらに、横溝正史、矢沢永吉さんなど大物作家を他社から引き抜くことにも成功。中でも世紀の引き抜きと言われているのが…

 

伝説❷手塚治虫の病気を発見し引き抜き!

当時、手塚治虫さんは尿道結石で連日激しい痛みに襲われていましたが、一切公表していませんでした。ところが、角川春樹さんはテレビで手塚治虫さんの顔色を見ただけでその事実を見抜いていました。手塚治虫さんとの会食の場で角川春樹さんは突拍子もないことを言い出しました。

 

僕と握手をして下さい。そうすれば、あなたの病気は治ります。

(角川春樹さん)

 

数日後、本当に手塚治虫さんの結石が治ったと言います。

 

すると、手塚治虫さんはこの時のお礼に別の出版社で発行してきた火の鳥」を角川書店に移籍。しかも、新作まで書き下ろしたと言います。

 

伝説❸撮影中祈りをし雨を降らせた!

角川春樹さんは仕掛け人では飽き足らず映画監督に。そんな角川春樹さんは撮影現場でとんでもない能力を発揮しました。

 

それは映画「蒼き狼 ~地果て海尽きるまで~」での海外ロケでのこと。チンギス・ハンを題材にしたこの映画は、モンゴルで1000頭の馬を使い撮影していましたが、クランクイン直前に緊急事態が。その年はモンゴルが稀に見る大干ばつ。草が育たず次々に家畜が死んでいくという非常事態でした。

 

俺が雨を降らせる

(角川春樹さん)

 

スタッフが見守る中、角川春樹さんが祝詞を唱え始めると大雨に。この雨は3日間に渡り降り続き、その後無事に撮影が行われたと言います。

 

俳優・榎木孝明との因縁

二人が出会ったのは1990年公開の映画「天と地と」でした。50億円もの製作費を投じ、戦国時代の上杉謙信と武田信玄の争いを描いた作品です。主役の上杉謙信役には渡辺謙さんを起用しました。

 

ところが、渡辺謙さんが降板。急性骨髄性白血病を患っていることが判明したのです。

 

角川春樹さんは緊急帰国し、空港のホテルで急遽オーディションが行われました。この時に名乗りを上げたのが俳優・榎木孝明(えのきたかあき)さんでした。

 

芝居を始めてから15年位経ってましたんで、生意気盛りの頃です。

(榎木孝明さん)

 

榎木孝明さんが自信満々に芝居を始めると、角川春樹さんはリテイクを要求。榎木孝明さんは演技の方向性を変えて次のテイクを演じました。しかし、またしてもNG。同じシーンだけで数十テイクもやり直しをくらいました。

 

お前の演技は素人の学芸会レベルだ!もう俳優やめちまえ!

(角川春樹さん)

 

榎木孝明さんがどんな演技をしようとも角川春樹さんはどこが悪いのかさえ言わず、ひたすら罵声を浴びせ続けたと言います。そんな日々を繰り返すうちに榎木孝明さんは…

 

煮えくり返って俺を何だと思ってるんだ。妄想の中では何回か殺しましたかね。

(榎木孝明さん)

 

いつしか角川春樹さんを心の底から憎むようになっていたと言います。

 

榎木孝明さんは全ての撮影が終わった後、NGを出し続けた理由を角川春樹さんに問いかけました。

 

「馬鹿もん」って言って、そのまま家に帰られた。

(榎木孝明さん)

 

結局、榎木孝明さんは角川春樹さんに理由を聞けずじまいでした。28年経った今も思いがくすぶり続けていると言います。

 

28年越しに榎木孝明さんが思いをぶつける

榎木孝明さんがNGを出し続けた理由を尋ねました。

 

本当に違うと思うから言うのであって、役者は途中で突然変わる時がある。引き出しが一体いくつあるんだろう?と。少なくとも3つ位は用意しなくてはいけない。引き出しがいくつあったか知らないけども、演出家がOKを出す演技というのは、どれだけ本を読み込んでいるかと。そういう点から言うと榎木は読み込んでなかったよね。もう一つは自分が空っぽになった時に本当に素の部分が出て来るという。「無になる」ということは入ってくる余地があるじゃない。謙信役なら謙信が。

(角川春樹さん)

 

実は、角川春樹さんがNGを出し続けたのは榎木孝明さんを空っぽにして成長を促すためだったのです。そして、「天と地と」の中には榎木孝明さんが明らかに変貌を遂げた瞬間が映し出されていると言います。

 

鉄砲の試射をやった時に初めて「俺が待っていたのはそれだ」って言われてOKが出たんですよね。

(榎木孝明さん)

 

それは撮影が始まってから3か月目、全てを出し尽くし次の演技が見つからないまま真っ白な状態で本番にのぞんだという榎木孝明さん。ついに角川春樹さんからOKが出たのです。角川春樹さんにはその風貌が上杉謙信に見えたと言います。

 

しかし、精神的に参っていた榎木孝明さんは「天と地と」の撮影が終わり役者引退まで考えたと言います。

 

ところが、榎木孝明さんを俳優として不動の地位に押し上げた浅見光彦役のオファーが来ました。実は、この役を推薦したのが角川春樹さんでした。角川春樹さんが原作を読んだ時、今の榎木孝明さんなら浅見光彦を演じられると確信し映画化を決定したと言います。

 

ある種の「天と地と」をやり仰せたことのご褒美だと私は思ったんですけど、また新たな次の人生まで敷いて下さったんでね。人生で数少ない本当の意味での恩人の一人だと私は思ってるんで、この思いは一生続きますし、このまま死んで欲しくないですから、もう一花ぜひ。

(榎木孝明さん)

 

 

生きてる人間で付き合えてるのは榎木ぐらいかな。今回の出演も榎木ということで初めて受けたんでね。

(角川春樹さん)

 

かつて殺したいと思うほどの因縁を持った二人は、28年の時を経て固い友情で結ばれていました。

 

「爆報!THEフライデー」



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