放射線量は7年間で徐々に下がり、2017年11月時点では事故1年目に比べ70%以上減少。しかし、今後はそのペースが遅くなると予測されています。
今なお線量が高く住むことが許されないエリアが残されています。帰還困難区域です。その大部分は森や山間の地域。住民2万4000人が今も避難を余儀なくされています。
人の立ち入りが禁止された帰還困難区域の浪江町津島地区赤宇木。区長の今野義人さんは、もう一度故郷で暮らしたいと避難先から毎月通い、放射線量を測り続けています。地区全ての家80軒を測定。多くの場所で避難指示解除の目安、毎時3.8マイクロシーベルトを上回っています。
国は放射線量が低い地域を優先し、帰還困難区域の除染についてはほとんど実施してきませんでした。このまま故郷が失われてしまうのか、今野さんは危機感をつのらせています。
手つかずのままの帰還困難区域の放射性物質はどうなっているのでしょうか?
福島第一原発のすぐそばの森は、これまで高い放射線量にはばまれ近づけませんでしたが、ようやく短時間なら調査できるようになりました。放射線量は毎時60マイクロシーベルト。調査を行うのは日本原子力研究開発機構と福島大学の共同研究チームです。
これまでの研究で、環境中で最も多い放射性物質はセシウム137だと分かっています。セシウム137は自然に崩壊していく時間が長く半減期は30年。7年目の今はまだほとんど残っていると考えられます。
分析の結果、土壌のセシウムは3つの状態で存在していることが分かりました。
- 水に溶けだしやすいもの
- 落ち葉などの有機物に結び付いたもの
- 粘土鉱物などに強く結びついたもの
さらに、深さごとにその分布を調べると、表面の層以外ではほとんどが粘土鉱物などと結びつき留まっていることが明らかになりました。
森から川へ放射性セシウムが流れ出すことはないのか?
調査するのはセシウムが残る森から流れ出す川。源流から下流まで水質を精密に分析しました。セシウムの濃度はいずれの場所でも飲料水の基準1リットルあたり10ベクレルを大きく下回っていました。
研究チームが考えるメカニズム
土壌に染み込んだセシウムは、粘土鉱物の隙間に入り込むなどして浅い部分にとどまります。そのため、地下水の層まで到達せず源流の水は汚染を免れていたのです。
森がセシウムを閉じ込めるダムの役割を果たし、下流の汚染を防いでいたのです。しかし、その一方で森の中では汚染の循環が起きていました。
汚染循環
茨城キリスト教大学の桑原隆明(くわはらたかあき)助教は、スズメバチを調査しています。13個の巣を集めて分析したところ、驚くべき発見をしました。放射性セシウムの濃度は平均で1kgあたり11万ベクレル。国の管理が必要となる放射性廃棄物の基準8000ベクレルをはるかにしのぎます。
その原因は巣の材料にありました。スズメバチは樹皮をかじりとって巣をつくります。樹皮の汚染が巣に反映されていたのです。
スズメバチの巣の分析から、樹皮が強く汚染されていることが明らかになりました。他の植物の分析から新しい事実も分かってきました。
東京大学の森敏(もりさとし)名誉教授は、事故直後から現地での調査を続けてきました。帰還困難区域の野生植物を集め、そこに含まれる放射性物質を可視化したところ、特に高い濃度で汚染されていたのは花や実でした。セシウムの濃度は1kgあたり数千から数万ベクレルに達しています。
土壌にある放射性セシウムはどのように植物に取り込まれるのか?
セシウムは成長に欠かせないカリウムと性質がよく似ています。そのため、本来は不要ですが吸収されてしまうのです。
植物に取り込まれたセシウムはどこまで広がっていくのか?
日本野鳥の会の山本裕さんは、帰宅困難区域に巣箱をしかけ森に生息する鳥を調べています。山本さんは孵化しなかったヤマガラの卵に注目し、放射性物質がどれくらい含まれるのか調べてもらうことにしました。
卵を分析したところ、1kg当たり平均で379ベクレルのセシウムが検出されました。汚染が卵の中に及んでいる可能性が示されました。
被曝の森で起きていた汚染の循環。放射性物質は生態系に広く深く入り込んでいるのです。
森を元に戻せるのか?
浪江町津島地区赤宇木では、森を元に戻すすべはあるのか調査が始まっています。福島大学のヴァシル・ヨシェンコ特任教授は4年前から福島で調査をしています。放射線量が特に高い場所のマツやヒノキがどれくらい汚染されているのか分析しました。
アカマツでは高い部分で1kg当たり3000ベクレル、ヒノキでは2万2000ベクレルのセシウムが検出されました。汚染はこの地区の樹木の内部深くまで及び、現段階では出荷が難しいレベルであることが分かりました。
さらに、ヨシェンコさんは土壌のセシウムが森の汚染を長期化させると言います。森全体のセシウムの分布を解析すると、木に含まれるものはごくわずかで90%以上は土壌にあるというのです。
放射性物質は動物に影響を与えているのか?
弘前大学の三浦富智(みうらとみさと)准教授のチームは、原発事故の半年後から調査を続けています。汚染された森で動物を捕獲し、遺伝情報を伝える染色体を調べてきました。染色体の異常は、被ばくの影響をうつしだすことで知られ生物学的線量計とも呼ばれています。
7年目、三浦さんはアライグマの染色体の異常を発見しました。血液を採取し、細胞から染色体を取り出して分析。染色体は様々な原因で切断されますが、通常はすぐに修復されます。ところが、ごく稀に誤った形で修復されます。アライグマから見つかったのは、二動原体と呼ばれる異常です。これを持った細胞はやがて死んでいきます。二動原体の異常は放射線の影響を判定する重要な指標だと言います。
三浦さんは捕獲したアライグマ9頭から全部で3000個程の細胞を取り出し、染色体を1つずつ肉眼で判定しました。比較のために調べた青森県のアライグマからは二動原体は全く見られなかったと言います。一方、福島県の帰還困難区域周辺で捕獲されたアライグマからは0.6%。通常では考えにくい頻度だと言います。
特に注目されるのは霊長類のニホンザルです。野生での寿命は20年と言われ、食べ物などを通して被曝し続けています。体内のセシウム濃度は1kg当たり1万ベクレルを超えることがあります。
東北大学の福本学(ふくもとまなぶ)名誉教授は、5歳以上の大人のサル18匹から7万個の細胞を数えあげました。その結果、大人のサルでは筋肉中のセシウム濃度が高くなるほど血球のもとになる細胞の数が減少することが確かめられたと言います。しかし、不思議なことに血液そのものには異常が起きていないことも分かってきました。
福本さんの仮説
通常は血球のもとになる細胞が豊富にあり、赤血球などに変化しながら血管に入っていきます。しかし、放射線の影響で細胞の数が減ると、それを補おうと変化するスピードが速くなります。こうして血液を正常に保っているのではないかと言うのです。
福本さんは三浦さんと新しい研究を始めています。サルの血液から染色体を取り出し、特殊な薬品によりカラー化。初めて見えてきた異常があると言います。切断された二本の染色体が入れ替わって修復されたものです。このタイプの異常は形は正常に見えるので発見しにくいと言います。こうした異常は徐々に蓄積していき、細胞ががん化するリスクを高めると考えられています。
分析する個体をさらに増やし、染色体の異常と被曝量との相関性を精査していく予定だそうです。
「NHKスペシャル」
被曝(ひばく)の森2018
~見えてきた汚染循環~
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