畑中葉子(はたなかようこ)さんは、1978年に作曲家の平尾昌晃さんとのデュエット「カナダからの手紙」で歌手デビュー。紅白にも出場しました。
しかし、人気絶頂の最中、所属事務所に内緒で極秘結婚。恋を優先し仕事をないがしろにしました。
しかし、わずか8ヵ月後にスピード離婚。畑中葉子さんの破天荒な行動に事務所、レコード会社は激怒。芸能界を干されてしまいました。
歌手活動を続けられなくなった畑中葉子さんは、セクシー映画に出るようになりました。しかし、転身から5年、畑中葉子さんは芸能界から姿を消しました。
53歳になった畑中葉子さんが当時のことを激白していました。勝手に結婚・離婚し芸能界から干された畑中葉子さんを誰よりも怒っていたのはデュエット相手の平尾昌晃さんだったと言います。育ててくれた恩師を失った畑中葉子さんに残ったのは夫の多額の借金。借金返済のため、かつての事務所に頭を下げましたが、脱ぐか引退かしかないと言われてしまいました。
芸能界にしがみつくため、畑中葉子さんは脱ぐことを決意。しかし、脱ぐ場面になると涙が出てきてしまい、慣れることはなかったと言います。その辛さから畑中葉子さんは酒に溺れるようになりました。精神的に限界を感じ、芸能界から消えました。
その後、畑中葉子さんは一般男性と再婚。子宝にも恵まれひっそりと暮らしていました。
2007年、畑中葉子さんのもとにファンから複数の手紙が届くように。彼女の知らない所で畑中葉子さんのベストアルバムが発売されていたのです。
こうして畑中葉子さんは再び歌うことを決意。デュエット相手は恩師・平尾昌晃さんの息子である平尾勇気さんでした。その際、畑中葉子さんは意を決し平尾昌晃さんに30年ぶりに連絡を入れました。平尾昌晃さんは自分を裏切り、身勝手に去った畑中葉子さんの復活を心から喜んでくれました。
「爆報!THEフライデー」
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