その情熱的なメロディは映画にも使われ、多くの人々の心を揺さぶりました。弦楽六重奏は作曲当時ほとんど誰も挑んだことのない珍しいジャンルでした。それはある重圧と闘い続けた先にヨハネス・ブラームスが見つけた一筋の光でした。そして、この曲の背景にはブラームスが愛した2人の女性の存在がありました。
ヨハネス・ブラームス
未知の世界で見つけた個性
「弦楽六重奏曲第1番」はブラームスが27歳の時に書いた作品です。4楽章からなり特に第2楽章が有名です。深く陰影にとんだメロディは、映画「恋人たち」でたちまち有名になりました。
「弦楽六重奏曲第1番」はバイオリンが2つ、ビオラが2つ、チェロが2つの計6つの弦楽器で構成された弦楽六重奏です。この編成による楽曲は当時ほとんど作曲されていませんでした。ブラームスはどうして弦楽六重奏を書こうとしたのでしょうか?
当時、室内楽の花形といえば弦楽四重奏。ハイドン、モーツァルト、ベートーベンなど大作曲家が数々の名曲を残してきたジャンルでした。偉大な作曲家たちが残してきた作品以上のものを書こうとしたブラームスでしたが、そのプレッシャーが重くのしかかり満足のいく弦楽四重奏を書きあげることができませんでした。
そんな中、若きブラームスが挑んだのが弦楽六重奏。弦楽四重奏にビオラ、チェロを加えた弦楽六重奏。この中低音の厚みが増した音楽への挑戦はブラームスの音楽が持つ独特の魅力を引き出すことに繋がっていきました。
偉大作曲家からの重圧から解き放たれ、若きブラームスがのびのびと作曲した弦楽六重奏曲。それはブラームスならではの重厚さと深い陰影をたたえた傑作なのです。
叶わぬ恋の果てに
ブラームスが弦楽六重奏曲第1番を書き始めた頃、彼には密接な関係を持った2人の女性がいました。ブラームスは生涯独身でしたが、長年にわたって思いをはせた女性がいます。大作曲家シューマンの妻クララ・シューマンです。
ブラームスの14歳年上にあたるクララは、当時ヨーロッパ中にその名をとどろかせた一流のピアニストでした。作曲も手掛けていたクララは、まだ無名だったブラームスに様々な助言をし叱咤激励しました。ブラームスはそんなクララを一人の音楽家として敬う一方、一人の女性として恋心を抱き始めたのです。されど、クララは人妻。ブラームスにとっては決して叶うことのない恋でした。
やがて、ブラームスはクララのもとを離れました。新天地に移ったブラームスは、間もなくしてアガーテ・フォン・ジーボルトと恋に落ちました。友人を介して出会ったアガーテは、ブラームスの2歳年下。人目を惹く美貌と甘く美しい声を持つソプラノ歌手でした。クララへの叶わぬ恋とは対照的に、ブラームスはアガーテとの現実的な恋愛を始めたのです。しかし、2人の明るい未来は訪れることはありませんでした。
アガーテと別れ、間もなくして取り掛かり始めたのが「弦楽六重奏曲第1番」でした。ブラームスの心の中には再びクララへの熱い思いが沸々と沸きあがり始めていました。ブラームスは作品を書いてはクララに作品を送り助言を求め、また手紙にはクララへの素直な思いをつづりました。生涯を通じて2人は800通もの手紙を交わしています。
「弦楽六重奏曲第1番」を書きあげたブラームスは、第2楽章をピアノ曲に編曲し、クララの誕生日にプレゼント。ブラームスはクララへの揺るぎない愛を第2楽章のメロディに重ねたのかもしれません。
「ららら♪クラシック」
愛のかたち この旋律に
~ブラームスの「弦楽六重奏曲第1番」~
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