パリで羽ばたいた火の鳥
「火の鳥」はロシアの民話がもとになったバレエのための音楽です。
イーゴリ・ストラヴィンスキー
作曲当時イーゴリ・ストラヴィンスキーは27歳で、無名の作曲家でした。そんな彼に作曲を依頼したのは天才興行師と呼ばれたディアギレフ。伝説のバレエ団「バレエ・リュス」を結成した人物です。
バレエ・リュスは20世紀初頭、時代の最先端を行く革新的な作品を次々と生み出しバレエの歴史を大きく変えました。当時、ディアギレフのもとにはロシアの一流芸術家やダンサーが集められていました。
そんな中、作曲家として選ばれたのがストラヴィンスキー。このことは彼の自尊心をくすぐりました。依頼されたのは新作バレエ「火の鳥」の音楽。自分にできるのか不安を抱えながら一流芸術家の仲間入りを果たす絶好のチャンスに取り組みました。
「火の鳥」あらすじ
「火の鳥」は、イワン王子が火の鳥の力を借りて悪の魔法使いカッチェイ王から王女を救い出す物語です。
イワン王子は森の中で火の鳥を捕まえ、火の鳥は魔法の羽を渡し困った時には助けることを約束して逃がしてもらいました。カッチェイ王から王女を救い出すために戦うイワン王子が魔法の羽を一振りすると火の鳥が現れ、王子を助け悪を滅ぼします。そして王子はめでたく王女と結婚するのです。
時代の寵児に
1910年にパリで初演された「火の鳥」は、それまでのバレエにはなかった斬新な振り付け、鮮やかな色使いの衣装や舞台美術、強烈なリズムと響きを持った音楽でパリの人たちに衝撃を与えました。
公演は大成功し、ストラヴィンスキーは時代の寵児になりました。
何度でも生まれ変わる
「火の鳥」の成功の後、ストラヴィンスキーとディアギレフは「春の祭典」をはじめバレエの歴史を変えたと言われる話題作を次々と生み出しました。しかし、ディアギレフはギャラの支払いにルーズで、ストラヴィンスキーに十分な収入はありませんでした。
なかなか豊かにならない生活に、第一次世界大戦、ロシア革命が追い討ちをかけました。お金に困ったストラヴィンスキーは、収入を得る手立てを考えなければなりませんでした。
そこで、ヒット作「火の鳥」をオーケストラだけで手軽に演奏できるように6曲からなる組曲に作り変えました。演奏回数が増えれば著作権料が手に入るからです。こうして「火の鳥」は生まれ変わってストラヴィンスキーを助けました。
やがて、時代は第二次世界大戦へ。戦火を逃れアメリカに渡ったストラヴィンスキーに再びお金の問題が。すでに大作曲家としての地位を築いていたにも関わらず、ストラヴィンスキーは亡命ロシア人ということで著作権は保護されていませんでした。
そこで、ストラヴィンスキーは著作権を得るために再び「火の鳥」を編曲。以前の組曲より曲数を増やし、新たなバージョンの楽譜を出版。
晩年になってようやく生活が安定したストラヴィンスキーは、演奏旅行で世界中を巡りました。
「ららら♪クラシック」
飛べ!不死鳥のように
~ストラヴィンスキー「火の鳥」~
この記事のコメント