アルビノーニのアダージョ|ららら♪クラシック

NHK・Eテレの「ららら♪クラシック」でアルビノーニのアダージョについて放送されました。

 

極め付き バロックの名旋律!?

1960年代に公開された映画「審判」の衝撃的なラストシーンで流れるのがアルビノーニのアダージョです。見る者に鮮烈な印象を与えたこの曲は、映画の公開とともに大ヒットとなりました。楽譜の出版は1958年、そのタイトルは「アルビノーニによる2つの主題のアイデア通奏低音に基づく弦楽とオルガンのためのアダージョ ト短調」です。そのかたわらには「レーモ・ジャゾット」という名前が書かれています。レーモ・ジャゾットは20世紀に活躍したイタリアの音楽学者です。彼によれば第二次大戦で破壊されたドイツのドレスデンのザクセン州立図書館で、バロック時代の作曲家アルビノーニの自筆譜の断片を発見し、それをもとにアダージョを作り上げたとのことでした。この曲が発表された当時、世はまさに空前のバロック音楽ブーム。そんなブームの最中に登場したのがアダージョです。忘れ去られた作曲家アルビノーニの再発見だとしてセンセーショナルな話題となりました。流れるように美しい旋律は人々の心をとらえ、多くの演奏家たちが競い合うようにこの曲をとりあげました。

 

世紀の偽作か本物か?

人気の一方で、研究者たちが発表当初から投げかけてきたのはアダージョの元の作者は本当にアルビノーニなのか?という疑問です。この曲を世にだしたレーモ・ジャゾットは自筆譜の断片を発見したというものの、その証拠を示そうとはしませんでした。専門家たちからは様々な批判の声があがりました。研究者たちはドレスデンの図書館を調べましたが、ジャゾットの説明を裏付ける記録は見つかりませんでした。

そうした中、2007年にジャゾットの秘書だった女性が新たな資料を提示しました。アルビノーニの自筆譜を書き留めたというメモです。ジャゾットは亡くなる数年前に次のようなコメントを残しています。

「私はアルビノーニを忘却の淵から救いたかった。アルビノーニが書いた音楽を実際に聴けば彼への関心が高まると思いこの曲を作りました。それは私自身の純粋な楽しみでもあったのです」

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  1.  私はこの曲は音楽史上に残る世紀の名曲と思います。少なくとも私の生涯で聞いた今の所ベストワンです。ではなぜレーモ・ジアゾットはこれを生涯アルビノーニの曲と言い張ったのでしょうか。受け入れやすい第一の答えは「アルビノーニの名声を利用しようとした」です。しかしこれほどの名曲をわざわざアルビノーニのように決して超メジャーとは言い切れない作者に擬するでしょうか? (まあ超メジャーじゃないからバレにくいと思った、という憶測は成立するかも知れませんけども。) しかしもし第一の仮説でないとすると、第二に考えられるのは「アルビノーニを顕彰するため」、少し言い換えれば「アルビノーニに捧げた」ということです。この曲は掛け値なしに名曲ですから、きっとアルビノーニの名声は上がるだろうし、事実そうなったと思います。しかし、アルビノーニは本当に確かに素晴らしい作曲家です。私は作品9の7番の第二楽章などは大好きです。顕彰したいのならそういう作品を地道に紹介すればいいのであって、自作を付け加える必要はないでしょう。
     ではなぜなのでしょう。なぜジアゾットは「偽作」をしたのでしょう。この謎は解けるでしょうか。しかし私は、この曲を何度も聞くうちに、第三の仮説に思い至りました。私はこの曲を真の名曲と信じます。ですから恐らくジアゾット本人もそう思ったに違いありません。すると、―ここは理解してもらえるかどうか分かりませんが― 自分の作品とは言えないのです。本当にジアゾットがバロック時代に生まれていたら、きっと「神の恩寵」とか言えたでしょう。バッハなどは本当にそう考えていた節があります。しかし20世紀に生きたジアゾットはそうは言えない。しかしこうした、もし自分が作れたら死んでもいいと思えるような作品ができてしまったら、一体どうしたらよいでしょう。そうです。作ったのではなく、出来てしまった、あるいは降ってきたと言ってもいいかもしれません。そうした場合、全体どうしたらいいのでしょうか。(存在しない神を実視してしまった無神論者は、一体どうしたらよいのだろうという問に近いと思います。)
     だからジアゾットは、敬愛するアルビノーニに恩寵を託したのだと、私は思うのです。

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