サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂|美の巨人たち

テレビ東京の「美の巨人たち」でサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂について放送されました。サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂の全長は153m、最大幅90m、高さ125m。外壁は白の大理石を基調とし全面に幾何学模様の華麗な装飾が施されています。その上に乗せられているのは高さ36m、最大直径45mの巨大なドーム。赤茶色の瓦と白の大理石の見事なコントラストが建物の美しさを際立たせています。

 

なぜサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂は奇跡の大聖堂と呼ばれているのでしょうか?それは一人の建築家の天才的な発想なしには完成できなかったからです。側廊の壁にその男のレリーフが飾られています。建築家フィリッポ・ブルネレスキです。彼こそが今なお世界最大の大きさを誇る石造りのドームを作り上げた天才です。今でも街の人々は敬愛する彼をニックネームからピッポと呼んでいます。

 

13世紀末のフィレンツェは毛織物の輸出と金融業で富み、経済と文化の大いなる繁栄を謳歌していました。当時のヨーロッパで流行していたのはゴシック様式の大聖堂です。堅牢でありながら垂直に伸びる荘厳な建築。どれだけ高い大聖堂を建てられるのか各都市は競い合っていたのです。ミラノをはじめライバル都市がゴシック様式を採用する中、フィレンツェ市民はどこにもない全く新しい大聖堂を作りたいと願っていました。設計を依頼された建築家アルノルフォ・ディ・カンビオの指揮のもと1296年に建設が開始。約120年もの歳月をかけドーム以外の部分を完成させました。大聖堂の工事はドームを残して中断していました。あんなに大きなドームは誰も作ったことがなかったからです。最初に設計したアルノルフォ・ディ・カンビオもドームの工法までは思いついていなかったのです。

 

ドーム建設には2つの大きな問題がありました。1つ目は重量です。高さ36m、直径45mもの巨大ドームの重さを下の壁がとても支えきれなかったのです。2つ目の問題はドームの湾曲をいかにして作るのか。それまでの建築技術では木材で仮枠を作り、その上に石を置いていくことでアーチを作り出していました。しかし、これほど巨大なドームであると大量の木材が必要となり莫大な費用がかかってしまうのです。そんな時に現れたのがフィリッポ・ブルネレスキという建築家でした。ドームの建築方法を募集したコンペで彼は2つの問題を解決する画期的な方法を提案したのです。

 

ブルネレスキはドームを二重構造にしました。内側に小さめのドームを作り少し隙間を空けて外側のドームを建設。つまり、その隙間分だけ材料となるレンガが必要なくなり軽量化に繋がったのです。ブルネレスキはその隙間を屋上のテラスへと向かう通路に利用しました。そして木の仮枠を使わないかわりに1個1個レンガを積んでいくシンプルな方法を採用。しかしレンガの積み方には秘密があります。ヘリンボーン積みと呼ばれる方法によりドームの強度は格段に上がったのえす。ブルネレスキの天才的な発想はこれだけではありません。資材を高い所へ運ぶ重機も発明していたのです。

 

ドームが完成したのは1436年のこと。ブルネレスキが設計者に任命されてから16年が経っていましたが当時としては異例の速さでした。斬新な工法で石造りとしては世界最大のドームを作り上げました。最もこだわったのは色。ドームの装飾は赤茶色の瓦と白い大理石だけ。実にシンプルです。赤茶色の瓦を使ったのは街の家々との調和を保ちながらフィレンツェ市民に親しみを感じてもらうためでした。