川越救急クリニック 上原淳さん|金スマ

一刻を争う救急医療の現場で問題となっているのが、救急患者が医療機関から受け入れを拒否される「たらい回し」問題です。平成24年に重病患者が救急搬送された件数のうち約2割の7万7860件が最初の問い合わせで受け入れを断られ、そのうち10回以上断られたのが684件ありました。

 

 

そんな事態に立ち向かっているのが、2010年に日本で初めて個人で救急病院を設立した上原淳(うえはらじゅん)さんです。埼玉県の救急病院が年間約750台の救急車を受け入れている中で、川越救急クリニック年間約1800台以上受け入れています。

 

たらい回しを少しでも減らすため、24時間365日いつでも受診できる医療を目指していると言います。

 

なぜ「たらい回し」は起きるのか?

医療ジャーナリストの森田豊さんによると、救急に携わる医師が少なくなっているからだそうです。

 

救急は脳から心臓・内臓・骨など全ての臓器を扱わないといけません。そのため、いろんな科目の先生を常駐させておかなければならず、経営の問題医師を確保できない問題もあります。

 

また救急車には利用する側にも問題が発生しています。世界的に珍しく日本では救急車が無料です。そのため風邪をひいたからなど、非常識な出動要請も多いのです。

 

川越救急クリニック

川越救急クリニックは、外来診療を16時~22時まで行い、救急診療を16時~翌朝9時まで行っています。周りの病院が開いていない土日や祝日になると、患者が列をなしクリニックが開くのを心待ちにしています。

 

上原淳さんがクリニックを構える埼玉県は、人口10万人あたりの医者が日本で一番少ないという問題があります。そのため重症患者の救急搬送時に受け入れ先が見つからず、救急車が1時間以上動けなかったというのが2012年には517件、さらに10回以上受け入れを断られたというのが167件もありました。

 

そんな医師不足が原因で2013年1月、呼吸困難を訴える75歳の男性が36回もたらい回しをされ死亡。さらに2011年には車にはねられた38歳の女性が12回たらい回しをされ死亡するという事件も起きています。

 

こんな悲しい事故をなくすため、上原淳さんは救急患者をできる限り受け入れているのです。

 

救急医療の受け入れ体制

日本の救急医療は受け入れ体制が決まっていて、1次から3次まで3段階に分けられています。

 

1次救急

帰宅可能な軽症患者に対する医療。患者が自ら来る場合が多いです。

 

2次救急

生命の危険はないものの、入院や手術が必要な患者に対する医療。

 

3次救急

一刻を争う重症患者で高度な処置を必要とするため、救命医療センターなどが対応にあたります。

 

川越救急クリニックが担うのは主に1次救急から2次救急。救急医療そのものを崩壊させないために、1次・2次の救急患者の受け皿こそ必要なのです。そのため上原淳さんは日夜患者を受け入れ続けています。

 

忘れられない患者

上原淳さんには、今でも忘れられない患者がいます。

 

福岡県の救急現場で働いていた2000年の夏、オートバイで転倒し負傷した18歳の少年が運ばれてきた時のことでした。通常ここでは比較的症状の軽い2次救急までの患者しか救急対応していませんでしたが、本人の意識もあり血圧も正常であったことから受け入れました。

 

レントゲンをみると肋骨が数本折れていることが確認できました。詳しく調べるためCT検査が始まると意識が朦朧として血圧も低下。肺の外側に血がいっぱい出て、出た血によって肺が押され萎んできている状態でした。すぐに肺にたまった血を抜く作業が行われましたが、血はなかなか止まりませんでした。

 

上原淳さんはこれまでこんな重症患者を扱ったことはなく、外科医を呼び止血のため開腹手術が行われました。しかし、少年は助かりませんでした。

 

体制の整った救命救急センターなら彼を救うことが出来たかもしれないと自分の無力さを痛感したと言います。

 

高度救命救急センターへ

こうして2001年、38歳の時に本格的に救急医療を学ぶため埼玉医科大学高度救命救急センターへ入局。高度救命救急センターとは、それまでいた2次の救急とは違い常に命の危機に直面した三次の患者に対応した医療機関です。

 

ここで働く医師はみな各科のスペシャリストたちばかり。助からないだろうと思われる重症患者を次々と治していきました。

 

見えてきた問題

そんなスペシャリスト集団の中で上原淳さんは4年で救命センターの医局長に。すると、ある問題が見えてきました。埼玉県は深刻な医師不足にみまわれ、人口に対する医師の数が全国ワースト1位なのです。特に夜間の救急搬送のたらい回しが社会問題となっていました。

 

そのため、埼玉の救命救急センターは本来は3次の重症患者のための施設にも関わらず、他の病院が断った軽症の患者までも受け入れなければならず、年間8000台もの救急車を受け付けていました。

 

こうした軽症の患者は各科の当直医が診るしかなく、大きな負担となっていました。救命センターの軽症患者の数を減らさなければ病院の医師たちがつぶれてしまう状態でした。

 

こうして上原淳さんは全国で初めて、個人で救急病院を開業することを決意。それは患者の増える週末の夜間に特化した救急病院。借金2億円を背負っての大きなカケでした。

 

経営難

しかし、川越救急クリニックは経営が難しく院長の給料は月額20万円だと言います。それは救命医療が医学界の中で儲からないからです。医療の点数が低いことが大きく関係しています。

 

点数が高いとされる手術や入院は川越救急クリニックでは行っていないため、点数が稼げません。そして来るか来ないか分からない救急車を待っている間にも発生する人件費。しかも夜間ということで加算されています。

 

クリニックで得られる収益は借金返済やスタッフの給料などに充てられるため、上原淳さんの手元にはほとんど残らないのです。

 

そこで他の病院へ出かけ、麻酔の専門医でもある彼はアルバイトをしています。こうしなければ子供が2人いる上原家は生活できないのです。

 

また上原淳さんは病院に通えない患者のため、2週に1度往診も行っています。上原淳さんは夢の24時間医療を目指して今日も患者を受け入れています。

 

「金スマ」

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