ゴーギャンの「かぐわしき大地」|美の巨人たち

ゴーギャンの「かぐわしき大地」は岡山県倉敷市にある大原美術館にあります。

 

ポール・ゴーギャンはフランスを代表する世界的巨匠の一人です。独特の個性を放つ数々の名作をを残しました。ゴーギャンを語る時に欠かせないのがゴッホ。二人は南仏アルルでの共同生活を通して共に芸術を高めあった盟友でした。

 

しかし、天才と呼ばれた二人は仲が良すぎてうまくいきませんでした。結局、2か月でけんか別れ。そして、ゴーギャンが一人向かったのが南太平洋に浮かぶ島タヒチでした。「かぐわしき大地」には3つの不思議があります。

 

3つの不思議

  1. なぜタヒチへ向かったのか
  2. 独特のポーズ
  3. そらした視線

 

不思議❶なぜタヒチへ向かったのか

タヒチはもともと現地のポマレ王朝が支配していましたが、1880年からフランス領になり今に至ります。ゴーギャンがタヒチを訪れたのは1891年のことでした。当時はすでに多くの西洋人と西洋文化が入り込み、島を変え始めていました。それを知ったゴーギャンはタヒチの原風景を求め奥地へと移動しました。

 

ゴーギャンがタヒチを目指した理由は1889年、島へ渡る2年前に遡ります。この年に開かれたのがパリ万国博覧会。一方、ゴーギャンは40歳を過ぎていましたが、作品は全く認められず画家として暗黒の時代にいました。

 

苦悩の中、ふと訪れた万博でゴーギャンを強烈にとらえたのがフランスの植民地を紹介するパビリオンでした。そこには未開の地の様々な文化が再現されていたのです。

 

近代化するパリに嫌気がさしていたゴーギャンにとって、素朴で野生的な植民地が人間らしい美しい場所なんだと、そこにこそ真の芸術が存在するのではと感じたんです。

美術史家パスカル・ボナフーさん

 

それはまさに原始への目覚め。そして、力強く宣言しました。

 

私はタヒチに行き、そこで生涯を終えようと思います。

(ポール・ゴーギャン)

 

ゴーギャンはタヒチのパペアリで暮らしていました。ゴーギャンがタヒチでたどり着いたのが「輝く色」でした。

 

何故私は太陽のこの金色、この喜びのすべてをキャンバスに流すことにためらいを覚えていたのか…

(ポール・ゴーギャン)

 

ゴーギャンはタヒチの大自然の中で西洋のアカデミックな絵画のルールから解放され、自分だけの色に目覚めたのです。それだけではありません。鮮やかな色彩に溢れる唯一無二の作品です。かつてゴーギャンの芸術に見向きもしなかった人々へどうだと言わんばかりに自らの芸術の完成を宣言しているかのようです。

 

文明社会では得られなかった原始の色彩の美しさ、それはゴーギャンの作品を劇的に変貌させたのです。

 

不思議❷独特のポーズ

「かぐわしき大地」に描かれた女性の名前はテハアマナ通称テフラです。テフラは13歳、ゴーギャンと暮らしを共にしながら多くの作品のモデルとなりました。「かぐわしき大地」でテフラは独特なポーズで立っていますが、実はゴーギャンはタヒチに行く直前にも全く同じポーズの裸婦を描いていたのです。「異国のエヴァ」です。

 

この女性の顔にゴーギャン自身の母親の写真が用いられていると言われています。人類の最初の人間ですので人類全体の母親という風に捉えることができると思います。

(大原美術館 学芸員 原田佳織)

 

人類の起源であるイヴを自分の母親の姿で表現していたのです。そして独特のポーズはゴーギャンがパリ万博のジャワ島パビリオンで見た遺跡のレリーフがモデルです。西洋文明とは真逆の古代の美とイヴを重ね、まだ見ぬ異国の森を想像して描いたのです。

 

ゴーギャンはこのレリーフが気に入り写真をタヒチにまで持参。そして愛するテフラを同じポーズで描きました。

 

今度は人類の母のイヴではなく、原始のイヴとして描いたのです。

(美術史家パスカル・ボナフー)

 

「かぐわしき大地」は別名「原始のイヴ」とも呼ばれています。

 

彼女の中にはマオリの血が流れ存在そのものがマオリを体現している。

(ポール・ゴーギャン)

 

ポリネシアを起源とするマオリは自然の中に存在する神を信じ、野生の心のまま生きる人々のこと。マオリの血が流れるマオリは野生そのもの。つまり原始のイヴ。ゴーギャンは最愛のテフラに己が目指す美の神髄を見たのです。

 

しかし、イヴは楽園で罪を犯してしまいます。絵の中にも罪を暗示するものが描かれています。

 

不思議❸そらした視線

聖書でイヴが登場する有名な場面が「失楽園」です。邪悪な蛇のささやきによって誘惑されたイヴはリンゴを食べてしまい原罪を犯すのです。「異国のエヴァ」でも木にはヘビ、右手でリンゴに触れる姿が描かれています。

 

「かぐわしき大地」ではタヒチになぞらえて、ヘビを島でなじみ深いトカゲにおきかえました。ただし、赤い翼をつけ、まるでドラゴンのような恐ろしさを表現しました。さらに、リンゴも孔雀の羽のような不気味な花に変えました。しかし、決定的な違いは不可解な目。そらされたテフラの視線の意味は…。

 

この目はテフラが文明と交わってしまったことが罪だった、それを表していると想像できます。

(美術史家パスカル・ボナフー)

 

原始の世界を求め訪れたタヒチ島はすでに近代文明におびやかされていました。しかし、原始の世界をかき乱した西洋人はゴーギャン自身でもあるのです。そらした視線は己の罪に気づいたゴーギャンの忸怩たる思いそのものだったのかもしれません。

 

ゴーギャンはタヒチで2年を過ごした後パリへ帰りました。しかし、再び島を訪れそこで生涯を閉じました。ゴーギャンにとってはタヒチこそ理想のイヴと出会えた最後の楽園だったのかもしれません。

 

「美の巨人たち」
ポール・ゴーギャンの「かぐわしき大地」

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