腎臓は今、世界中の科学者たちが熱い視線を送る注目度ナンバー1の臓器です。なんと腎臓が私たちの寿命を決めているというのです。最先端治療の科学は、これまでヴェールに包まれていた腎臓の驚くべき姿を次々と明らかにしています。
体内パワーを引き出せ!
アメリカ・フラッグスタッフは標高2100mの高原地帯です。日本代表の水泳チームが長年高地トレーニングをしてきた場所です。酸素が薄い高地、泳ぎ終わった直後に体内の酸素量を測ると80%代。平地なら96%を切ることはありません。体の中が酸欠状態です。
ところが2週間後、体に十分な酸素がいきわたるようになりました。これが高地順応です。でも、たった2週間で体の中では何が変化したのでしょうか。実は、鍛えられているのは腎臓なのです。
酸素が不足していると、腎臓がエポ(EPO)と呼ばれる物質を出します。エポは他の臓器に「酸素が欲しい」というメッセージを伝える物質です。血液の流れに乗って全身へ広がっていきます。エポ(EPO)を受け取るのは骨。そして、酸素を運ぶ赤血球の増産が始まります。赤血球が増えると、全身の筋肉により多くの酸素が届くようになるため持久力も上がります。
腎臓は日々の生活の中でも常にメッセージ物質を出し続け、全身の酸素濃度をコントロールしています。
高血圧が治る!最新治療
ドイツのライプチヒ心臓センターは、世界中から注目されている最先端の医療現場です。ターゲットは高血圧。重症の高血圧を一気に治す画期的な治療が始まりました。外科手術「腎デナベーション手術」です。血管の内側から熱を加え神経の一部を焼き切ります。一体なぜ腎臓の手術で血圧が下がるのでしょうか。
体内のネットワークの要である腎臓は血圧を監視しコントロールするのも仕事です。そのために腎臓が全身に送っているメッセージ物質がレニンです。レニンの放出をきっかけとして全身の血管に変化が起こり血圧が上がります。腎臓はレニンの量を常に変化させ血圧を絶妙にコントロールしているのです。
しかし、高血圧患者の多くでは腎臓がレニンを出し過ぎていることが分かってきました。そして、手術でそれを正常に戻せば血圧を下げられることも分かってきたのです。
腎臓の仕事量は膨大なものです。実は糸球体が作った原尿のうち、尿として体の外に出ていくのは1%。99%は再吸収されて血液に戻されています。こうして腎臓は24時間休むことなく血液を調節し続けています。
原尿の量を合計すると1日180リットル。つまり、私たちが普段みている尿は、腎臓がした膨大な仕事のほんの一部。大量の血液を調節した結果作られた最後の1%だったのです。
腎臓が寿命を決める 長寿のカギを握る物質を発見
そもそも動物にはほぼ決まった寿命があります。ネズミは約3年、ひつじは約20年、ぞうは約70年。体が大きい動物ほど長生きですが、これに当てはまらない動物もいます。
ハダカデバネズミの寿命は28年、コウモリは約30年、そして人間。なぜこれらの動物は長生きするのでしょうか。
この謎を解くカギとして血液中のある成分が注目されています。それはリン。腎臓が調節する血液の成分の一つです。リンが少ない動物ほど長生きするのです。
リンは肉や豆などに含まれる重要な栄養素です。血液中のリンが足りないと、様々な病気を発症し命に関わります。しかし、多すぎると老化を加速させてしまうことが分かってきました。
きっかけは日本人科学者が見つけた不思議なマウスでした。遺伝子操作の過程で偶然生まれた老化加速マウス。調べてみると腎臓の中で働くある遺伝子が壊れ、リンを調節できなくなっていました。そのため、血液中のリンが異常に増加。老化が加速してしまったのです。
リンが老化を加速させるメカニズムは現在解明の途中ですが、血液中のリンが増えると血管の内側で石灰化という現象が進み、全身の血管が硬くなることが一因とされています。リンの量を絶妙にコントロールしている腎臓。このとき、腎臓が耳をすませて聞いているのは骨からのメッセージです。
骨は体内のリンの貯蔵庫としてその量を常に監視しています。腎臓はリンが足りているという骨からのメッセージを受け取ると、ポンプを停止してリンが増えすぎるのを防ぎます。この腎臓の複雑で精緻な仕組みが私たちの寿命をも決めていたのです。
腎臓を守るには?意外な対策で劇的効果!
実は世界の医療現場では腎臓の状態を常に監視することの大切さが叫ばれ始めています。
急性腎障害(AKI)は、腎臓の機能が急激に落ちることをきっかけに多臓器不全を引き起こし命にも関わる深刻な状態です。これまで正確な患者数が把握されていませんでした。しかし、先進国の入院患者の5人に1人が急性腎障害になっていたという報告がされました。一体なぜ腎臓以外の病気の患者まで腎障害を起こすのでしょうか?
それは体内のネットワークの要である腎臓ならではの理由があります。腎臓以外の病気であってもその影響が波及してくるのです。
例えば心不全になると流れてくる血液が減ります。すると、常に大量の血液を必要とする腎臓は大きなダメージを受けます。同様に腎臓は他の臓器とも深くかかわっているため、どこが悪くなっても腎臓に悪影響が出ることが分かってきました。
こうした関係は心腎連関、肝腎連関などと呼ばれ医学の世界で大切なキーワードになっています。この連関ゆえに事態はさらに悪化します。
ネットワークの要である腎臓がダウンすると、今度は全身の臓器にはねかえっていきます。そうして陥るのが多臓器不全。わずか数日で容態が悪化し、命を落とすことにも繋がるのです。
これまで、単に多臓器不全と言われて亡くなった多くのケースで、実は腎臓が引き金になっていた可能性があると言います。どうすれば命を守ることができるのでしょうか?
実は薬が弱った腎臓に最後の一撃を加えていることが分かってきました。大量の血液が流れる腎臓は人体で最も多く薬にさらされる場所です。また、複雑で精緻な仕組みゆえに薬からのダメージを受けやすい宿命も背負っています。
病気の治療において常に腎臓を意識することが、本当の意味で命を守ることに繋がると多くの医師が考え始めています。
腎臓を守る治療は日本でも始まっています。京都大学では腎臓の専門医が新たな取り組みを始めました。腎臓以外の病気の治療に積極的に関わり、主治医と連携しながら使う薬の量などをきめ細かく調節します。人体をネットワークとしてとらえなおしたことで医療の新たな道が見えてきたのです。
「NHKスペシャル」
シリーズ人体 第1集「腎臓が寿命を決める」
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