モーリス・ラヴェル「亡き王女のためのパヴァーヌ」|ららら♪クラシック

NHK・Eテレの「ららら♪クラシック」でモーリス・ラヴェルの「亡き王女のためのパヴァーヌ」について放送されました。

 

「亡き王女のためのパヴァーヌ」はフランス近代を代表する作曲家モーリス・ラヴェルが24歳で発表したピアノ曲です。亡き王女とは誰なのでしょうか?諸説ある中でこの人と言われているのが17世紀のスペイン王女マルガリータです。ルーブル美術館で見た肖像画にインスピレーションを得て、ラヴェルは作曲したとも言われています。

 

ラヴェルはスペインを題材にした作品を数多く残しました。有名な「ボレロ」もスペインの舞曲を元にして作られた曲です。フランスの作曲家でありながらスペインの要素をふんだんに盛り込んだのでしょうか?

 

ラヴェルの故郷はスペインとの国境近くの港町シブールです。母マリーはこの近くの町で生まれたスペイン人。父ジョセフは自動車のエンジンまでをも作った発明家でした。父が発明にお金をつぎ込む中、母マリーは貧しさにもめげず、いつもスペイン民謡を明るく口ずさんでいました。心の支えであった母をラヴェルは生涯愛しました。ラヴェルは母が亡くなった時、ショックのあまり3年間も新作が書けなくなってしまったと言います。お母さんに対する愛情がスペイン色となって表れているのかもしれません。

 

「亡き王女のためのパヴァーヌ」はラヴェルが音楽院の学生だった頃に発表されました。古き良き時代を懐かしむような感傷的な曲調です。ピアノ曲としてヒットした後、ラヴェルはオーケストラ用にもアレンジしました。人前ではこの曲を「大胆さに欠けていて気に入らない」と言い、決して褒めなかったと言います。しかし晩年、交通事故で記憶障害となった彼はたまたまこの曲を耳にし「この素晴らしい曲は誰の曲だ?」と言ったそうです。

 

パヴァーヌとはダンスの一つです。ダンスは馬術や剣術同様、王侯貴族が身に着けるべき嗜みの一つでした。パヴァーヌもスペインやイタリアの宮廷で踊られていました。舞踏室に入場するときのダンスです。パヴァーヌはラヴェルが生きた19世紀においても、すでに300年も前の過去の遺物。「亡き王女のためのパヴァーヌ」もピアノやオーケストラのためのもので、決してダンスのために書かれたのではありません。




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