1947年、アメリカの研究者ウィラード・リビーが科学の歴史を変える大発見をしました。それは炭素の同位体である炭素14を使った年代測定法です。時間の経過によって徐々に減っていく性質を使った方法で、発掘された土器やミイラの年代が分かるのも炭素14のおかげです。
発見から70年も経った技術ですが、最近この年代測定の精度が飛躍的に向上しました。さらに、使い道も医療や生物学など多様化しています。
自然界には炭素は、炭素12、炭素13、炭素14と3種類あります。炭素は元素の周期表で6番目にあります。つまり陽子が6個ということです。ただし、中性子の数が違っていて、炭素12は中性子の数が6個、炭素13では7個、炭素14では8個です。これらを同位体と言います。
存在比は炭素12が98.9%、炭素13が1.1%、炭素14が0.0000000001%です。炭素14は非常に不安定で、時間と共に窒素に変わっていきます。
生きている木の体内にある炭素14の量を1とすると、死んで5730年後には1/2になります。その後も5730年ごとに炭素14の量が半分半分と減っていきます。これにより年代を測定することができます。
炭素14で塗り替わる地球の歴史
南極の世界最大の棚氷、ロス棚氷について大発見がありました。棚氷とは大陸を覆う氷の一部が海に覆いかぶさるように張り出したものです。太古の昔、この一部が崩壊。海に溶けだして世界の海水面が3メートルも上昇したという大事件がありました。
実はこれまで、この崩壊は約1万5000年前に起こったと考えられてきました。ところが、最新の調査で実際は5000年前に起こっていたことが判明。1万年以上の誤差があったと発表され大きな話題となりました。
この歴史を塗り替える発見をしたのは、東京大学大気海洋研究所の横山祐典(よこやまゆうすけ)教授の研究チームです。調べたのは、かつてロス棚氷が覆いかぶさっていた海底の堆積物です。棚氷が崩壊すると、それまで遮られていた空からの物質が海底に堆積し始めます。その堆積物の年代を測れば、棚氷が崩壊した年代が分かるのです。
しかし、この計測には壁がありました。地層の年代を測る時、通常は木の葉などを取り出して炭素14を測ります。木の葉は毎年一定の量が安定して地層に取り込まれるため、その地層の年代を調べる指標として適しているのです。ところが、南極には木の葉やそれに代わる指標がありません。そのため、これまでは泥を丸ごと取り出し年代を調べてきました。
しかし、泥の中には別の場所から流れてきた異なる年代を示す成分が混ざっているため、誤差が大きくなっていたのです。この問題をどうクリアするのか、研究チームが目を付けたのは海中のオキアミなどに由来する有機物です。
オキアミが死ぬと脂肪酸という成分に分解され海底に堆積していきます。これなら木の葉のように安定的に溜まり続けるため新しい指標になると考えたのです。さらに、そこでポイントとなったのが従来よりもはるかに精度の高い炭素14の分析装置。これまでの100分の1程の微量な成分でも測定できるので、脂肪酸だけをより分けて分析すれば正確な年代を調べることができます。
こうして、南極のロス棚氷崩壊の年代が1万年もズレていたことを発見したのです。
富士山噴火の予測に挑む
富士山の噴火の歴史を明らかにするため、新たな調査が始まったのが富士五湖です。
2016年、その湖底の地層が採取されました。そして2017年1月、サンプルを解析する最初の会議が行われました。分析を進めていく中で思いがけない発見がありました。それが約3000年前の部分。
陸上の分析では1度だけの噴火と考えられていましたが、数回に渡って噴火を繰り返しているように見られました。今後、炭素14による詳しい年代測定が行われていきます。噴火の頻度や周期などが明らかになれば富士山の噴火の予測に大いにいかされると考えられています。
抗がん剤の効き目を予測
アメリカ・カリフォルニア大学デービス校の総合がんセンターでは、本格的な治療の前に抗がん剤の効果を見極める方法を開発しました。
まず、抗がん剤に含まれている炭素12を炭素14に置き換えます。そして、実際の治療で使う量の100分の1、副作用の出ない量だけ患者に投与します。翌日、血液を採取しがん細胞のDNAに炭素14がどれだけ結びついているか、つまり抗がん剤がどれだけ効いているかを調べます。
この方法を使えば、最短2日で患者とその抗がん剤の相性が分かるのです。まだ臨床試験の段階ですが、試験に協力した患者たちからは大きな期待が寄せられています。
炭素14で大追跡!生物の生態調査
炭素14を用いた次世代バイオロギングは、クジラのクジラヒゲの一部を使って行われています。クジラヒゲは人間の爪と同様に伸びていく特徴があります。海水は海の表面や深いところを行ったり来たりしながら、長い時間をかけて地球を回っています。
炭素14は主に大気から取り込まれるため、海面近くを流れる水は炭素14の濃度が高くなります。一方、深海を流れる水は濃度が低くなるのです。
海は海域によって固有の炭素14の濃度を持っています。クジラは成長の過程で、その時々にいた海域の炭素14を身体に取り込んでいきます。そこで、クジラヒゲの炭素14の濃度を調べれば、どの海を泳いで成長してきたのかが分かるのです。
「サイエンスZERO(ゼロ)」
炭素14新時代
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