ティツィアーノ|日曜美術館

NHK・Eテレの「日曜美術館」でティツィアーノ ヴェネツィア 欲望の色彩が放送されました。ティツィアーノ・ヴェツェッリオは16世紀のイタリアで巨万の富を築いた画家です。人々を夢中にさせたのは匂い立つようなリアリティ。ティツィアーノの手にかかれば神話の一場面もめくるめく官能の世界に。その魔法は権力者たちをも虜にしました。

 

ティツィアーノ・ヴェチェッリオは15世紀末の北イタリアで裕福な両親のもとで生まれ育ちました。幼い頃から画家を志し、10代前半でヴェネツィアへ移り住みました。貿易で栄えアドリア海の女王と呼ばれたヴェネチアは画家にとってチャンスの宝庫でした。商売で成功したセレブたちの間で部屋を絵で飾ることがブームになったのです。彼らは厳粛な宗教画より目で見て楽しい娯楽性の強い絵を好みました。求められたのはローマやフィレンツェで流行していた神話の女神たちを描いた作品。中でも花の女神フローラは男女問わず人気のキャラクターでした。ティツィアーノはそんな時代の空気を敏感にとらえました。

「フローラ」はティツィアーノが20代で描いた出世作です。人々を驚かせたのはそのファッション。純白の衣装は当時流行した下着です。肩から羽織っているのはヴェネツィア特産の織物です。赤みがかった金髪は人気のヘアスタイル。ティツィアーノは神話の世界の住人ではなく、身近にいそうな存在としてフローラを描いたのです。やがて、多くの画家が手本にする美人画の定番になりました。

 

「フローラ」で一躍人気画家になったティツィアーノには肖像画の注文が殺到しました。魔法のような筆さばきで人物の魅力を惹きだす肖像画はセレブたちの間で大人気になりました。額に飾られたもう一人の自分を見て彼らは自尊心を満たしたのです。時の権力者たちもティツィアーノの才能に注目しました。当時、ヨーロッパの頂点に君臨した神聖ローマ皇帝カール5世。彼の特徴は尖った大きな顎でした。内向的な性格で近寄りがたい雰囲気を持っていたと言います。ティツィアーノが描いたカール5世の肖像画は、大きな顎をヒゲでたくみに隠し、犬を連れた姿にすることで親しみやすさを演出しました。ティツィアーノを気に入ったカール5世はパトロンとなり、自らの肖像を次々と描かせ権力を誇示していきました。

これを面白く思わない人物がいました。ローマ教皇パウルス3世です。カール5世とは政略結婚や権力闘争などで常に激しい駆け引きを繰り広げていました。教皇はティツィアーノを口説き落とすと、肖像を描かせました。「教皇パウルス3世の肖像」(1543年)です。そして教皇はこの絵をカール5世との会談の場に持ち込みました。薬指に光るのはカール5世から贈られたというダイヤモンド。右手でおさえる金貨の入った布袋は、経済的支援を暗に拒否するサインだとも言われています。皇帝への敬意を示しつつ自らの優位をアピールする、肖像画は政治の場面でも威力を発揮したのです。

 

ティツィアーノの才能に惚れ込んだ人たちが最も欲しがったのがヌードです。神話を言い訳にしなければ裸を描けなかった時代。ティツィアーノは限りなく人間に近いヌードを描き、期待に応えました。表現は次第に過激さを増していきました。「ウルビーノのヴィーナス」(1538年頃)は一糸まとわずベッドに横たわる女が描かれています。その眼差しは誘うようにこちらを見つめています。背景に描かれているのは当時の富裕層が暮らした豪邸。神話の要素はほとんどありません。ヴィーナスを名乗りながらも明らかに情事を連想させる作品です。持ち主は密かに披露しては自慢したと言います。

ティツィアーノの裸は聖職者たちをも虜にしました。枢機卿アレッサンドロ・ファルネーゼは「ウルビーノのヴィーナス」を超えるヌードを求めました。ティツィアーノが題材に選んだのはギリシャ神話に登場するダナエの物語。若く美しい王女ダナエが黄金の雨に変身したゼウスに誘惑され、交わるというエロティックな場面です。完成した作品は度肝を抜くものでした。「ダナエ」(1544~46年頃)です。モデルはアレッサンドロの愛人だった娼婦とも言われています。黄金の雨に変身するゼウスをティツィアーノは金貨で表現しました。お金で繋がる男女関係を暗示しているとも言われています。神話の面影はもはや一人描かれた天使だけです。

実はティツィアーノはこの後も繰り返し「ダナエ」を描いています。基本的な構図は同じですが、ダナエの側にいた天使が金を集める老婆に描きかえられています。


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