吉田博 ~木版画 未踏の頂へ~|日曜美術館

NHK・Eテレの「日曜美術館」で木版画 未踏の頂へ ~吉田博の挑戦~が放送されました。イギリスのダイアナ妃には愛してやまなかった日本の作品がありました。大正時代の木版画です。作者は明治生まれの吉田博(よしだひろし)です。吉田博は日本より海外で広く名前が知られています。吉田博は元々、油彩や水彩など西洋画を学んでいました。重厚感のある風景画を得意とし才能を発揮。ところが、吉田博の前に黒田清輝とその一派がいました。明るく柔らかな色彩で画壇を支配していました。画壇に阿ることがなかった吉田博は孤立。しかし、そこから全く新しい道を切り開きました。49歳の時、一切経験のなかった木版画に挑戦したのです。西洋画の技法を取り入れ、見たことのない作品を次々生みました。

 

吉田博は1876年に福岡県久留米市で生まれました。山を登り絵を描いて遊ぶ子供だったと言います。18歳で上京しました。当時、西洋画を学べる国の学校はなく民間の私塾に入りました。日課は野外でのスケッチでした。吉田博は誰も行かないような奥深い山中へと足を運び腕を磨きました。21歳の時に描いた油彩画が「雲叡深秋」です。冬を前にした渓谷に漂うひんやりとした空気が巧みに表されています。吉田博は寝食以外の全てを絵にささげました。塾でついた異名は「絵の鬼」です。

 

明治の後半、日本の西洋化は急速に進んでいました。しかし、洋画家の道はまだまだ狭く、本場フランスへの留学が必要とされました。貧乏な学生だった吉田博には留学は叶わぬ夢でした。そんな時、幸運が舞い込みました。日本を訪れたアメリカの収集家チャールズ・フリーアが吉田博の才能を見抜き、アメリカの美術館への紹介状を書いてくれたのです。そして23歳の時、片道だけの渡航費で画塾の仲間とアメリカへ渡りました。最初に訪れたのはデトロイト。美術館に描きためた水彩画を持ち込みました。すると、翌日の新聞に吉田博たちの水彩画を絶賛する館長の談話が掲載されました。

「絵はこの上ないほど魅惑的だった。伝統的な日本美術と違い遠近法を用い大胆なタッチがあった。誌的な色の魅力にもあふれていた」

館長の肝いりで急遽特別展が開かれました。吉田博は水彩画92点を出品。多くの人が集まり絵を買い求めました。

 

続いて訪れたのはボストン。ボストン美術館でも特別展が開かれました。二度の展覧会で水彩画のほとんどが売れ、合計2919ドル、当時の日本人の年収の数十倍を手にしました。一躍アメリカで名をはせた後、吉田博は念願のヨーロッパへと渡りました。各地の風景を油彩画で描き技量を磨きました。しかし、ヨーロッパの観光化された風景は吉田博の目にどこか物足りなくうつりました。結局、世界各地を7年間にわたって旅しました。そして終生のテーマを確信しました。

「画家は自然と人間の間に立って、それをみることが出来ない人のために自然の美を表してみせるのが天職である」

吉田博は日本の山へ登りました。油絵の道具一式とテントや食料を背負って、時には数か月も山にこもりました。目指したのはスケール感あふれる風景。その場所でしか感じられない光や空気までも表そうとしました。しかし、アメリカで評判だった風景画も日本ではあまり注目されませんでした。当時の日本の画壇は黒田清輝が率いるグループ白馬会が中心で、新派と呼ばれる淡く明るい人物が主流でした。一方、重厚感のある風景画をつらぬく吉田博は旧派のレッテルを貼られ孤立していきました。

 

苦境の中、一人の男が新たな道を吉田博に示しました。それは版画の版元・渡邊庄三郎(わたなべしょうざぶろう)。新しい時代の浮世絵を作ろうと洋画家の吉田博に下絵を依頼したのです。吉田博は木版画の面白さに初めて目覚めました。そして私財を投じて工房を作りました。通常は分業で行う彫りやすりも自ら手掛けるほど没頭。49歳からの挑戦でした。ダイアナ妃が買い求めた「光る海」をはじめ、1年で41作品を作り上げました。

 

版画を初めて5年、54歳の吉田博はインドへ向かいました。吉田博の木版画は欧米での評価に反して日本ではほとんど注目されませんでした。それでも迷うことなくさらなる飛躍を目指しました。しかし、太平洋戦争が始まり制作は中断を余儀なくされました。終戦後、東京の吉田博のもとには進駐軍がつめかけました。アメリカで最もよく知られた日本人芸術家の姿を一目見ようとマッカーサー夫人も訪問した程です。吉田博自ら木版画の実演を行い多くの作品がアメリカに渡りました。こうして、吉田博の木版画の大半はアメリカやヨーロッパに広く行き渡ることになりました。

 

終戦から5年後、吉田博は家族に看取られ亡くなりました。享年73。自然の美を誰も見たことのない姿で表した芸術家、それが吉田博でした。


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