人間とチンパンジーは会話ができるのか?プロジェクト・ニム|アンビリバボー

フジテレビの「奇跡体験!アンビリバボー」で人間とチンパンジーは会話できるのかについて放送されました。人間と動物は会話をすることが出来るのかという実験がアメリカのコロンビア大学で行われました。実験の対象となったのは人類と遺伝子の97%が同じと言われるチンパンジー。実験には中でも知能が高い母親から生まれたオスの赤ちゃんが使われました。名前はニムです。

 

野生のチンパンジーの赤ちゃんは4歳まで常に母親と行動を共にし母乳を飲み、夜も一緒に眠ります。しかし、ニムは実験のため生まれて間もなく母親から引き離され人間と同じ生活を強いられることになりました。実験を始めたのはコロンビア大学で心理学を研究していたハーバード・テラス博士です。

 

しかし、問題がありました。人間は声帯で出した声を喉の奥と口の広い空間を変化させることができますが、チンパンジーはその空間が狭いため声を変化させることが出来ません。つまり言葉を発する事が出来ないのです。そこでテラス博士はニムに手話を教えることにしました。この実験はプロジェクト・ニムと名づけられました。

 

テラス博士はまずニムを人間の家庭で育てることにしました。チンパンジーの赤ちゃんは生後1ヶ月で母親の顔を見分けられるようになります。よって生後2週間から人間社会で暮らすことで人間を本当の母親と認識するようになると考えられました。ニムはすぐに人間の生活に慣れました。そして自分の母乳を与えて育ててくれるステファニーを本当の母親だと認識していきました。さらに生後2ヶ月が過ぎた頃から手話を教え始めました。しかし、ステファニーはニムを育てるのに手一杯でニムの手話の記録をとることが出来ませんでした。

 

テラス博士は研究費の予算が承認されず早く結果を出さなければ研究を続けられなくなる恐れがありました。テラス博士が新たな母親として任命したのはローラ・アン・ペティット。ニムは1年半もの間ともに過ごし母親と思っていたステファニーと引き離されました。ローラはニムに人間の洋服を着せテーブルで人間と同じものを食べさせました。また、おしめをしてトイレを使うことも教育しました。こうしてニムは手話を覚えていきました。ニムはテレビにも取り上げられ全米で話題のチンパンジーに。実験はすべて順調に思えました。しかし、ローラがハーバード大学の大学院に合格。ニューヨークを離れることになってしまいました。ニムは母親であるローラが自分の前から去ろうとしている気配を感じ、ローラに襲い掛かりました。

 

ローラが去ったあと、ニムの世話は新しいスタッフが当番でするようになりました。しかしニムは事故以降変わってしまいました。母親を次々と失った不安と怒りのせいか次第に凶暴になり手話を教えるのが難しくなっていきました。1年が過ぎようとした頃、再びスタッフが襲われる事件が発生。スタッフは顔に大怪我を負いました。

 

テラス博士がニムに手話を教える映像を見直していると、研究員は無意識のうちにニムに出して欲しい手話をニムがサインする前に自分から出していることに気づきました。自分で考えて手話を出したのではなく真似をしていただけだったのです。手話をすればご褒美が貰えることを学んだニムは、ご褒美欲しさに目の前で出された手話を真似ていただけで自発的に会話をしたわけではなかったのです。

 

プロジェクト・ニムは4年10ヶ月で終了。実験終了後、テラス博士はニムを霊長類センターに返すことにしました。やっと生まれ故郷に帰ったニム。実の母や仲間と一緒に平穏に暮らせるはずでした。しかし、そこはニムにとって楽園ではありませんでした。そこには今まで寝ていたベッドもトイレも無く、食事もチンパンジー用のエサ。この日からニムは食べ物をほとんど口にしなくなりました。

 

オクラホマ大学の研究生ボブ・インガーソルは毎日ニムを森へと散歩に連れ出すことにしました。しかし、ニムは森には興味を示さず椅子に興味を示しボブのシャツを着たがりました。ボブはニムをしたいようにさせてやりました。そんなある日、ニムの方からボブに手話で話しかけてきたのです。それ以来、ニムは徐々に野生の姿を取り戻していきました。ニムとボブの散歩は5年間続きました。

 

ところが、霊長類センターは運営の危機にありニムを違う施設に売ろうとしていました。ボブの訴えもむなしくニムはニューヨーク大学の霊長類研究所に売られてしまいました。そこは50~60頭のチンパンジーが新しい薬の効果を試すために実験台となっていました。ボブは何とかニムを救いたいとマスコミに訴えかけました。するとニムのことが新聞で報じられました。当時、動物愛護団体によってそれまで容認されていた動物実験の反対運動が盛んになり始めていました。この記事を読んで弁護士ヘンリー・ハーマンが立ち上がりました。ニムを買った研究所を相手に裁判の手続きをし彼を返すよう要求したのです。研究所はニムを返すことにあっさり同意。しかし霊長類センターは資金難で閉鎖されていたため、ニムは帰る場所がありませんでした。学生であるボブに飼育費用を用意することは不可能でした。新聞でニムのことを知った牧場のオーナーが名乗り出てくれました。ニムは専用の小屋を作ってもらい最高の環境で新たな生活を始めるはずでした。

 

野生のチンパンジーは群れを作って行動します。しかし、そこに暮らすチンパンジーはニム一頭だけでした。ニムを買い取ったのはお金のためだったのです。そんなある日、ニムが檻から逃げ出してしまいました。檻を抜け出したニムは牧場主の自宅へ。飼い犬を殺してしまいました。事件後、牧場主は新たにメスのチンパンジーも飼うことにしました。友達が出来たことでニムは元気を取り戻していきました。

 

そんなある日、ステファニーがニムに会いにきました。しかし、ニムはステファニーに襲い掛かりました。ニムが起こした事件を聞いたボブは動物保護の活動を始めました。それと同時に実家近くの土地でチンパンジーを受け入れる準備も進めました。ニムが牧場に移されてから10年後、メスのチンパンジーが亡くなりニムが再び孤独になっていることを知りました。ボブはニムに再会し、ニムの方から遊ぼうと手話をしてきました。研究のため人間に利用され悲惨な運命をたどることになったニム。しかしボブと過ごした日々だけは楽しい思い出だったのかもしれません。

 

ほどなくしてニムには他のチンパンジーの仲間たちもやってきました。こうしてニムはやっと群れを作って暮らすというチンパンジーとして当たり前の生活を送れるようになりました。チンパンジーの寿命は50歳程度と言われています。しかしニムは心臓発作が原因で26歳で死去しました。ボブが目指していたチンパンジーの施設の完成はニムの生前には間に合いませんでしたが、現在100頭以上ものチンパンジーが施設で生活しています。




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