ピカソ「ゲルニカ」「科学と慈愛」|美の巨人たち

テレビ東京の「美の巨人たち」でピカソの「ゲルニカ」「科学と慈愛」について放送されました。

1937年4月、パブロ・ピカソはスペインからパリ万国博覧会のパビリオンに飾る壁画の依頼を受けていました。そんな時、祖国のニュースが飛び込んできたのです。独裁者フランシスコ・フランコの反乱軍を支援していたドイツのヒトラーが、スペイン北部の古都ゲルニカを空爆。街は一瞬にして壊滅し数千の市民の命が奪われました。このニュースを聞いたピカソは膨大なスケッチを描き始めました。そして、巨大なキャンバスに向かったのです。縦3m49cm、横7m77cmの「ゲルニカ」です。明るい色は一切なく白と黒とグレーの世界です。悲しみと痛みに身をもだえる人々。「ゲルニカ」は誕生以来「戦争と暴力を告発した時代の黙示録」「20世紀の芸術を変えた一枚」と呼ばれてきました。「ゲルニカ」はピカソが55歳の時の作品です。ではピカソのデビュー作はどう評価されたのでしょうか?

 

43歳の時に描いた「接吻」はシュールレアリズム時代の代表作です。呼吸ができないほどの息苦しさで男と女が絡み合っています。毒々しいまでの原色の色彩はグロテスクを突き抜けてユーモアさえ醸し出しています。

「女性を愛するときわれわれはその手足を測ることから始めるわけではない。われわれは欲望によって愛するのだ」(パブロ・ピカソ)

 

28歳の時に描いた「アンブロワーズ・ヴォラールの肖像」はキュビズム時代の傑作です。人物も背景も断片となって複雑に並べられています。対象を解体し複数の角度からとらえているのです。そうすることで様々な側面を持つ人間の真の姿に迫ると考えたのです。

 

25歳の時に描いた「アヴィニョンの娘たち」は絵画に革命を起こしたと言われる作品です。描かれているのは裸の女性たち。しかし、歪んだ顔にねじれた体です。遠近法も陰影による明暗もありません。従来の美の基準とされてきたものが何もないのです。誰も見たことのない造形、得体の知れない迫力、言葉も意味も拒否し見る者の感覚に訴えかけてくるのです。

「私の場合一枚の絵は破壊の集積である」(パブロ・ピカソ)

 

ピカソはスペイン南部の港町マラガで生まれました。父親のホセ・ルイス・ブラスコは画家で美術教師でした。ピカソが8歳の時に描いた「マラガ港の眺め」は子供らしさがどこにも見当たりません。13歳の時に描いた「帽子をかぶった男」について、地元の新聞は「この少年には栄光の未来が約束されている」と評価しています。しかし、突如深い悲しみがピカソを襲いました。妹のコンチータがジフテリアにおかされてしまったのです。彼女が病床で苦しんでいる時、ピカソは神様と契約を交わしました。妹の命を救ってくれるなら絵の才能を生贄として捧げ、二度と絵筆を握らないと誓ったのです。その祈りも叶わずコンチータは亡くなってしまいました。ピカソは「妹は死をもって自分を画家にしてくれた」と考えるようになりました。そして、彼の原点ともいうべき作品が生まれました。「科学と慈愛」です。15歳の時に描きました。「科学と慈愛」にはピカソが生涯にわたって抱え続けた苦悩と悲しみが秘められていたのです。

 

1895年、一家はバルセロナにやってきました。妹コンチータの死の悲しみから立ち直ろうと父親がバルセロナの美術学校に職を得たのです。画家を志したピカソも父の学校へ入学しました。息子が生きがいとなった父親は14歳のピカソに専用のアトリエを与え、ここで「科学と慈愛」は生まれました。医者と尼僧が象徴する「科学と慈愛」はコンクールに出展するために父親が注意深く選んだ主題でした。科学の象徴である医者が老婆の脈をとりながら命の行方を探っています。慈愛の象徴である幼子を抱いた尼僧はスープをさしだしながら召されゆく命を見つめています。ピカソは驚異の技巧で命の終わりという運命の時を描ききったのです。審査の結果、「科学と慈愛」は選外佳作となりました。その後、マラガ県のコンクールに出品され金賞を獲得しました。

 

ピカソは「科学と慈愛」の下絵を亡くなるまで大切に持っていました。

「私は子供らしい絵を描いたことがなかった。子供たちのように描けるようになるには一生かかった」(パブロ・ピカソ)

無心で描けなかった少年時代。それを忘れぬためにピカソは下絵を大切に持ち続けたのかもしれません。そこから破壊と創造を繰り返しながら美の怪物へと上り詰めたのです。

 

富も名声も手にし称賛と喝采を浴びたピカソは亡くなる前年に自画像「若い画家」を描いています。父のように画家を目指した少年が厳粛な人間の運命を描ききった時、旅立ちを決意したのです。パブロ・ピカソ作「科学と慈愛」ここから遠くへ、もっと遠くへ、失われた時を求めて。




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