1964年に開催された東京オリンピック。この大会で「東洋の魔女」と呼ばれた日本女子バレーチームが大活躍。戦後初となる女子競技での金メダルを獲得しました。この試合の視聴率は66.8%。今もなおスポーツ中継の歴代最高記録となっています。
そんな東洋の魔女のメンバーだった佐々木節子(ささきせつこ)さんは、おさげ髪が特徴的でした。鬼の大松監督のもと、東洋の魔女の代名詞とも言われた回転レシーブの猛特訓を受け、拾う技術を習得。さらに、将来を期待される若手アタッカーとして活躍。3年に渡って日本代表をつとめました。
佐々木節子さんは現役引退後、全国をめぐりバレーの指導者として活動を続けていました。しかし、高齢となった母の世話をするため31歳で地元・茨城にUターン。そして、母を見取った佐々木節子さんは54歳の時に知人から栗林を受け継ぎ栗農家になりました。
実は、茨城県は栗の生産量は日本一という名産地です。そして10月は収穫の最盛期です。佐々木節子さんは、毎朝木から落ちた栗を拾い、まとめて地元のJAに出荷しています。栗は大きさによって売値がかわり大きい栗だと1粒で約40円になると言います。良い年は年間で50万円程の売り上げになるそうです。
佐々木節子さんが暮らすのは栗林から車で5分の5DKの一軒家です。独身の佐々木節子さんは愛犬リラちゃんと暮らしています。
「爆報!THEフライデー」
あのメダリストは今…大追跡SP
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