洞窟に眠る新種の人類|地球ドラマチック

人は類人猿から進化したとダーウィンがとなえて以来、科学者たちは類人猿の世界からヒトの世界へ足を踏み入れた生物に思いをはせてきました。これまでに発見された初期の人類の化石は、進化の空白を少しずつ埋めてきました。とはいえ、人が進化してきた何百万年もの時間に比べれば見つかった化石はごくわずかにすぎません。人類進化の物語は、まだ大部分が空白で謎に包まれたままです。しかし2013年、南アフリカの地下深くで人類の進化に関する重要な発見がありました。

 

人類進化の物語

南アフリカ・ヨハネスブルクの北西に位置するエリアは「人類のゆりかご」と呼ばれています。1930年代から40年代にかけて、ここで発掘された化石が人類進化の謎を解く重要な手がかりとなりました。ここ数十年間、重要な発見は途絶えていました。しかし近年、この場所にある洞窟で私たちの祖先に関する常識を覆すかもしれない大きな発見がありました。

 

これまでに発見された化石の記録には空白部分があり、そこに謎を解くカギがあるのではないかと考えられています。私たちの祖先となるヒト属(ホモ属)は、いつ誕生したのでしょうか?

 

ヒト属が誕生する前に存在したのはアウストラロピテクス。二足歩行ですが類人猿に近い生き物です。化石が見つかりルーシーと名付けられた女性が有名です。

 

200~300万年前になると、アウストラロピテクスよりも現在の私たちにずっと近いヒト属の一種ホモ・エレクトスが誕生しました。大きな脳に小さな顔、道具を使う能力もありました。

 

古人類学における最大の謎は、アウストラロピテクスからヒト属への移行がいつ、どこで、どのように起きたのかということです。唯一、その空白を埋めたのがホモ・ハビリスという種でした。しかし、化石の発見が少ないためヒト属の起源は謎に包まれたままでした。

 

謎の空間に多数の骨!

2013年8月、南アフリカ出身のペドロ・ボショフは失業中でした。兵士や冒険家など様々な経歴を持つ人物ですが、本人は化石ハンターとして生計を立てることを夢見ていました。8月の末くらいにペドロ・ボショフは、リー・バーガー教授に会って研究室で人を雇う予定はないか尋ねました。古人類学者のリー・バーガーが人類のゆりかごを調べ始めたのは1990年代。以後、18年に渡って発掘を続けましたが、めぼしい発見はありませんでした。古人類学の世界では珍しいことではありません。

 

初期の人類の化石はほとんど見つかっていません。古人類学は研究対象となる化石よりも研究者の数の方が多いという珍しい学問です。実際、研究者の大半は初期の人類の化石を一つも見つけられずに終わります。

(リー・バーガー教授)

 

ペドロ・ボショフは、リー・バーガ教授から人類のゆりかご一帯で化石を探すようにと指示を受けました。彼は洞窟探検グループのメンバーで、何年も人類のゆりかご一帯の洞窟を探検していました。その時の仲間リック・ハンターとスティーヴン・タッカーに協力を依頼しました。

 

誰もがよく知っている場所には意外な見落としがあるものです。灯台もと暗しというものです。だからまずは自分の庭みたいに思っている場所をもう一度よく調べ直してくれと指示しました。

(リー・バーガー教授)

 

2013年9月13日、ハンターとタッカーは馴染みの洞窟ライジングスター洞窟に足を踏み入れることにしました。二人が龍の背中と呼ばれる場所に行こうと思った時のこと、ハンターが反対側に行きたいと言い、彼が通りやすいようタッカーは岩の隙間に入りました。すると、その先にまだ空間が続いていることに気づきました。隙間に入ったタッカーは足元が空洞になっていることに気づきました。そこには地面のあちこちに小さな骨が散らばっていました。

 

バーガー教授がすぐに考えたのは、見つかった骨が人類のどの種なのかということでした。400万年前に現れたアウストラロピテクスのものだろうと推測しました。真相をつきとめるには骨を掘り出して研究するしかありません。

 

発掘できるのは女性だけ!

発掘調査の準備はスピーディーに進みましたが、一つ大きな問題がありました。バーガー教授自身が問題の場所を調査することは不可能だったのです。なぜなら、現場への入り口はとても狭く幅20センチに満たない場所さえあったからです。

 

そこで、バーガー教授はフェイスブックを利用して募集をかけました。インターネットやSNSが普及した時代ならではのスタイルで調査隊が結成されていきました。

 

予想もしない特徴!

最初にタッカーとハンターが撮影した写真を見て、バーガーはアウストラロピテクスの骨だろうと推測していました。アウストラロピテクスの大きな特徴は類人猿に似た大きな顎と歯です。しかし、アウストラロピテクスからヒト属へと近づくにつれ顔の大きさも顎と歯も小さくなっていきます。

 

ライジングスター洞窟で発見された顎の骨は、アウストラロピテクスのものにしては小さすぎ、ヒト属に近いものでした。顎の骨は、ウィットウォータースランド大学のペーター・シュミットによって分析されることになりました。ホモ・ハビリスともアウストラロピテクスとも違うことが分かりました。

 

かつてない数の骨が掘り出されるにつれ、洞窟に眠る生物像が少しずつ浮かび上がってきました。大腿部と腰の骨から二足歩行ではあるものの、歩き方は原始的であったことがうかがえました。頭蓋骨は小さくチンパンジーと同じ程度です。しかし、顎と歯は進歩していてヒト属に近いことが分かりました。

 

そこは”墓”だったのか?

これまで洞窟内で初期の人類の骨が見つかった場合、他の動物の骨も必ず一緒に見つかっていました。迷い込んだり捕食動物に引きずりこまれたりしたものです。ところが、ライジングスター洞窟で見つかったのは一羽の梟だけ。後は全て人類の骨でした。

 

これはあの空間に入ることがいかに困難だったかを示しています。洞窟の奥深く、長くて狭い急斜面の先にあるためです。200万年前も状況は同じだったはずです。そのような場所に多くの骨が存在するのは、原始的な墓だった可能性も考えられます。しかし、これほど古い時代に人類が埋葬を行っていた証拠はこれまでに見つかったことがありません。

 

これまでに見つかった埋葬の証拠は、最も古いものでも約10万年前。ライジングスター洞窟で見つかった人類の正確な年代はまだ特定されていませんが、骨格などから見てそれよりもずっと昔に生きていた種だと推測されます。まだ類人猿に近いような人物が埋葬をしていたとは考えにくいのですが、そのように見えるのもまた事実です。この謎を解くにはさらなる研究が必要です。

 

正体が明らかに!?

眉弓と呼ばれる部分と、その後ろのへこみが大きければアウストラロピテクス、その部分が小さく頭蓋骨が丸みをおびていればヒト属です。ライジングスター洞窟の頭蓋骨はヒト属でした。チームはヒト属の新たな種を発見したのです。

 

命名「ホモ・ナレディ」

発掘された骨は、リー・バーガーが所属するウィットウォータースランド大学に運びこまれました。ライジングスター洞窟の化石には、これまでに見つかったどの種とも違う特徴が見られました。

 

手足や歯には私たちに似た特徴が見られ、体の中心にある部分、胴体や脊柱の構造、脳などはもっと原始的です。この新たな種は「ホモ・ナレディ」と名付けられました。

 

ホモ・ネレディには類人猿とヒト属の特徴が混在しています。小さな脳と体、チンパンジーのような腕。しかし、手と歯はヒト属のようで足も長く、おそらく長い距離を二足歩行できたと考えられます。それはヒト属への進化の入り口にいながらアウストラロピテクスにも近い存在でした。そのような生物の骨がなぜ洞窟の奥にあったのかという疑問が改めて浮かんできます。

 

進化の複雑さが明らかに

動物に捕食された形跡は見られず、どんな捕食動物も人類だけを集めたりしません。そして全ての骨が一度に置かれたわけではありません。あの部屋に何かが流れ込んだ形跡もありません。最も有力な仮説は何者かによってあそこに置かれたということです。

 

類人猿から人類へ移行するさい、特に重要な要素は強い協調性と社会的な絆であるという見方が出てきています。ライジングスター洞窟の奥が一種の墓だったとすれば、複雑な社会的絆がこの時代にすでに芽生えていたことを示しているのかもしれません。この問題は科学界に大きな論争を引き起こしつつあります。

 

私たちは人類の進化を整理された家系図のようにとらえがちですが、ことはそれほど単純ではありません。人類の進化はあまりにも多様で、どの種が今生きている私たちに繋がっているのか特定するのは容易ではありません。単純にモデル化することでは進化の本質をとらえきれないのです。

 

ライジングスター洞窟の骨には、アウストラロピテクスとヒト属、両方の特徴が見られました。ヒト属が誕生するまでに、脳も体も小さな二足歩行のアウストラロピテクスなどが進化上の様々な試みを行っていたのだと考えられます。進化における試みのうちいくつかは消滅し、いくつかは私たちに受け継がれています。

 

南アフリカでの新発見は、人類の進化の物語に重要な1ページを書き加えました。誰もが知りたいと願っている空白が、少しずつ埋められようとしています。謎に包まれた人類進化の物語に一筋の光が射し込んできたのです。

 

DAWN OF HUMANITY
(アメリカ 2015年)

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