三笠優子は今… 片付けられないうつ病に|爆報!THEフライデー

80年代を代表する演歌歌手・三笠優子(みかさゆうこ)さんは、1978年に発売された「夫婦舟」が4年で120万枚を売り上げ、1982年に日本レコード大賞ロングセラー賞を獲得。その後も次々とヒットを飛ばし演歌界のトップスターの仲間入りを果たしました。

 

そんな三笠優子は、2012年10月に3人の子供の存在を隠し続けていたことを告白しました。

 

福岡県福岡市で育った三笠優子さんは、親戚が来るたび歌を披露するほど歌が大好きな女の子でした。夢はもちろん歌手。28歳でスカウトされ、子供の存在を隠してまで掴んだ夢の歌手。歌のために家族の人生を犠牲にして日本レコード大賞を受賞。演歌界の不動の地位を手にしました。

 

しかし、近年は新曲を出してもなかなか売れず、辛い歌手生活を送っていました。事務所を移籍してみたもののヒット曲が生まれぬまま15年の月日が流れていました。

 

急性肝炎で緊急搬送

そして2013年、焦りと不安で押しつぶされる寸前だった三笠優子さんにさらなる追い討ちをかける出来事が。仕事中に突然声が出なくなってしまったのです。緊急搬送され、医師から告げられた病名は急性肝炎でした。

 

すぐさま処置が行われ一命を取り留めました。しかし、予定していたテレビ出演やキャンペーンなど仕事は全てキャンセル。営業先に謝罪しに行くことすらできない入院生活が1ヶ月間続き、三笠優子さんの心は焦りと不安に完全に押しつぶされてしまいました。

 

すると退院後、原因不明の症状があらわれるように。

 

うつ病に…

夜1人でいると幻聴が聞こえてきたり、歯が折れる錯覚に悩まされました。好きだったテレビも見ているだけでイライラがつのり、テレビを捨てることに。自分の心をコントロールできない不安に心療内科に行った三笠優子さんはうつ病と診断されました。

 

気がつけば部屋はちらかり放題。まともな生活を送ることが出来なくなっていました。

 

そんな彼女のために福岡で暮らす娘たちがある事を始めました。次女が東京で働く娘に「時間の許す限り一緒にいてあげて」と連絡。もともとおばあちゃん子だった孫は喜んで了承したと言います。

 

「爆報!THEフライデー」

コメント