鳥インフルエンザ 新たな脅威|サイエンスZERO

鳥インフルエンザは世界的な流行パンデミックを引き起こす可能性があるウイルスです。実は今、その脅威となる新しいタイプが出現しています。

1918年に発生し世界で4000万人もの死者を出したと言われるスペイン風邪。鳥インフルエンザ由来のウイルスでした。

1957年のアジア風邪は、死者100万人以上。鳥インフルエンザウイルスは新型インフルエンザとなって世界的な大流行を繰り返し引き起こしてきました。

そして今、こうしたパンデミックを引き起こす恐れがあると指摘されているのが鳥インフルエンザH7N9型ウイルスです。

新たな鳥インフルエンザ発生

H7N9ウイルスは、2013年中国で人への感染が初めて確認されました。87歳の男性が重い肺炎を起こし2週間後に死亡。感染源となったニワトリなどが生きたまま取引される市場の鳥でした。中国では市場でニワトリを生きたまま買い、家でさばくのが一般的。こうして濃厚に接触した人に感染が起きたと考えられています。

その後、中国国内で感染は拡大。最初の報告から5年余りで感染者は1567人、死者は615人に達しました。

今、H7N9ウイルスが中国から拡散しないか、多くの研究者が監視の目を光らせています。その一人が北海道大学獣医学研究室の迫田義博教授。注目するのはベトナム。ベトナムでは長らく中国のニワトリや卵を食べてきました。迫田さんは2018年8月にベトナムで調査を行いました。

インフルエンザウイルスは生きた動物の体内でしか数を増やせない。ウイルスを持っている鳥がここにもし運ばれると、わっとウイルスの感染が広がってしまう。このウイルスが国境を越えて中国からベトナム北部に持ち込まれていないか、次の一手に非常に重要な貴重なデータになります。

(北海道大学獣医学研究室 迫田義博教授)

迫田さんたちは市場のニワトリの喉や腸の粘膜からサンプルを採取し持ち帰りました。分析の結果、今のところ3割のサンプルから様々な鳥インフルエンザウイルスが検出されました。幸いにもH7N9ウイルスは検出されませんでした。見つかったウイルスはどれもH7N9に比べて危険性の低いものでした。

H7N9は鳥から人に感染するウイルスの中では一番注意しなければいけないウイルス。中国から漏れ出てくると、かなり深刻な状況になりかねないので、一刻も早い徹底した対策が望まれます。

(北海道大学獣医学研究室 迫田義博教授)

突然変異のワザとは!?

農業・食品産業技術総合研究機構の西藤岳彦(さいとうたけひこ)領域長は、H7N9ウイルスの感染力の謎に挑んできました。

中国のヒトの感染事例では、あっという間にかなりの数になっていました。特殊な何か性質があるんじゃないかという考え方。

(西藤岳彦領域長)

インフルエンザウイルスは表面にクギ上の突起があり、これによって感染相手が決まります。一方、動物の細胞にはレセプターと呼ばれる外部からの情報を受け取るタンパク質があります。この突起とレセプターは鍵と鍵穴。ピタリと合うとウイルスは細胞に侵入することができます。

人とトリではレセプターが異なるため、これまでの鳥インフルエンザウイルスは人に感染することは滅多に起きませんでした。

西藤さんたちはH7N9ウイルスを入手して感染力に関わる遺伝子を詳しく調べることにしました。まず、入手したウイルスをニワトリの卵で培養。そして、培養後のウイルスの遺伝子を最新の遺伝子解析装置で解析。実験の結果は驚くべきものでした。

たった1度の培養で、ある特定の部分の遺伝子の塩基配列が突然変異を起こしたのです。変異した特定の部分とは、ウイルスが感染相手を選ぶ突起の特徴を決めるものでした。H7N9ウイルスの突起はトリならトリ型に、ヒトならヒト型に、簡単に変わってしまう性質を持つことが分かったのです。

レセプター特異性に関して非常にフレキシブルに変わりうるウイルス。そういったことがヒトに感染しやすかった要因だと考えられます。

(西藤岳彦領域長)

インフルエンザウイルスは、さらにもう一つ恐るべきワザを持っています。それが遺伝子再集合です。

遺伝子再集合!?

インフルエンザウイルスは8本の遺伝子を持っています。遺伝子再集合が起こるのは、ヒトのインフルエンザとトリのインフルエンザが同時に感染するなどした時。

ウイルスが細胞に入る時、遺伝子はいったんバラバラになります。そしてウイルスの増殖のため再度遺伝子が組み立てられる時に、まれにミックスしてしまうことがあります。すると、新型インフルエンザなどの新しいウイルスとして細胞の外にあらわれます。これが遺伝子再集合です。

パンデミックの可能性は!?

東京大学医科学研究所の河岡義裕教授は、パンデミックにはある条件が必要だと言います。

ヒトで鳥のインフルエンザウイルスがパンデミックを起こすためには、ヒトからヒトに飛沫感染を起こさないといけないんですね。

(東京大学医科学研究所 河岡義裕教授)

飛沫とは、咳やくしゃみで出るしぶきのことです。鳥インフルエンザウイルスは通常、人では肺で増え鼻や喉では増殖しません。そのため、飛沫にはほとんどウイルスが含まれず、人から人への感染はほとんど起きませんでした。

しかし、仮にH7N9が通常と異なり鼻や喉で増える能力を獲得すれば人から人への感染が拡大する危険性が高まるのです。

河岡さんはフェレットを使って感染実験を行いました。H7N9ウイルスに感染したフェレットをケージに入れ、隙間を空けて隣に感染していないフェレットを置きました。すると、実験4日目に感染。通日後、2匹とも死んでしまいました。

H7N9ウイルスはそのままで飛まつ感染を起こす。空気伝播を考えるとヒトのインフルエンザウイルスに近い。

(東京大学医科学研究所 河岡義裕教授)

H7N9ウイルスが今後、人から人への感染を起こすようになるのか、さらなる研究が必要だと言います。

ひょっとするとこのウイルスはパンデミック間近かもしれないし、あるいは全然パンデミックを起こさないようなウイルス。単にフェレットで飛まつ感染を起こしているだけのウイルスかもしれない。何が起きるとH7N9ウイルスがヒトが伝播するようになるのか、そこの研究は今後慎重にやっていかないといけない。

(東京大学医科学研究所 河岡義裕教授)

侵入を防ぐ最前線

鳥取大学農学部の伊藤壽啓教授は、ウイルスを運んでいるのは水鳥だと指摘しています。

野鳥が渡りのルートを通って世界中に広がっていきますので、それに伴ってウイルスが短期間で広がっていく。広がりの早さが最大の懸念材料である。

(鳥取大学農学部 伊藤壽啓教授)

鴨や白鳥などの渡り鳥は、夏にシベリアで営巣しています。秋になると越冬のために南に移動。鳥インフルエンザが流行していると渡り鳥にウイルスが感染。渡り鳥がウイルスを持ったまま移動するため、広い地域にウイルスを拡散させてしまうのです。

渡り鳥の玄関口の一つが北海道の稚内です。18年前から北海道大学のグループが鳥インフルエンザの調査を行ってきました。実際、2010年に稚内の野生のカモでH5N1ウイルスが発見されました。その1カ月後には山陰地方、2カ月後には鹿児島県、その後も各地で感染が見つかりました。

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