ROGUE(ローグ)の奥野敦士は今… 7mから転落!半身不随に…奇跡の復活|爆報!THEフライデー

Mr.Children(ミスターチルドレン)の桜井和寿さんが尊敬してやまない80年代に絶大な人気を誇ったロックスターがいます。4人組ロックバンド「ROGUE(ローグ)」です。

 

1987年、「終わりのない歌」がスマッシュヒットすると、ライブのチケットは即完売。その中心にいたのがボーカルの奥野敦士(おくのあつし)さんです。

 

しかし、人気絶頂の1990年にROGUEは解散。奥野敦士さんは表舞台から姿を消しました。

 

奥野敦士は今…

現在55歳になった奥野敦士さんは半身不随に。10年前に大事件に直面し胸から下の感覚が麻痺。そんな奥野敦士さんを支えているのは3年前に結婚した妻・亜紀さんです。

 

一人では介護が困難なため、亜紀さんは自分の実家に奥野敦士さんを引き取り、母の幸子さんと3人で暮らしています。

 

しかし、なぜ伝説のロックスターが半身不随になってしまったのでしょうか?

 

ロックスターになるまで

1982年、高校卒業後に群馬県からミュージシャンを目指し上京した奥野敦士さん。その年に4人組ロックバンド「ROGUE(ローグ)」を結成するも、5年間全くヒット曲に恵まれませんでした。

 

そんな中、自らを鼓舞するために作った「終わりのない歌」がブレイクのきっかけに。

 

「苦しみもいつか終わりがくる」

 

このメッセージが同世代の若者に受け入れられ、奥野敦士さんは一躍ロックスターの階段を駆け上がりました。

 

バンド解散

ところが、1990年にメンバーとの衝突もありバンドは解散。ソロ活動を開始した奥野敦士さんは、地元・群馬に戻り解体業のアルバイトを行いながら夜は楽曲を制作する日々を送っていました。

 

7mから転落!半身不随に…

2008年9月11日、工場の屋根の張り替え作業をしていた奥野敦士さん。屋根が抜け落ち7メートルの高さからコンクリートの床に転落。目が覚めたのは事故から数時間後でした。

 

奥野敦士さんは転落した際に首を強打。頸椎を損傷し、脳からの神経伝達ができなくなり半身不随に。

 

奇跡的に命は助かったものの体の自由だけでなく、ミュージシャンとして大切な歌声も失ってしまいました。頸椎損傷の影響で腹筋が使えず、腹式呼吸ができなくなり歌声が出せなくなってしまったのです。

 

悲しくて泣いても涙拭けないって嫌だよね。死にたくなる人の気持ちがわかったよ。こうなって死にたくなるんだなって。

(奥野敦士さん)

 

自分が歌っていた曲を聴くことすらなくなっていました。

 

歌声の復活

そんなある日、介護士が奥野敦士さんを元気づけようとリハビリ施設にあるカラオケルームへ。そこで流されたのは「終わりのない歌」でした。

「苦しみなんていつか絶対に終わるんだ」

奥野敦士さんは自らの歌詞で大切なことを思い出しました。

 

そして、奥野敦士さんはとんでもない方法で声を出すことに成功しました。

 

(電動車椅子の)シートベルトを(お腹に)強く締めて自分でコントロールできれば出るんじゃいかってやってみたら、腹筋の役目になるじゃんって。これでやろうって。

(奥野敦士さん)

 

お腹を電動車椅子のシートベルトで強く締め、声を出すさいに前かがみになれば大きな声が出ることを発見。この方法に全ての望みをかけ、365日一日も休まず猛特訓。すると2年後、歌声が奇跡の復活。不屈の努力が生んだ魂の歌声でした。

 

友人が奥野敦士さんの歌う姿をファンに見せて欲しいと動画をインターネットに投稿。すると人生を変える2つの奇跡が起こりました。

 

妻との出会い・結婚

1つ目の奇跡が起きたのは2014年。動画を見た女性が訪ねてきました。後に妻となる亜紀さんでした。

 

実は亜紀さんは学生の頃からROGUE(ローグ)が好きで、歌えない体になったことを知人から知らされ気にかけていました。

 

そんな時、奥野敦士さんが歌っている動画を発見。不慮の事故に負けない前向きな姿に感動したと言います。

 

すごいなと思って。その姿をまじまじと見て泣きましたね。

(奥野敦士さん)

 

そして、一声かけようとお見舞いに訪ねてきたと言います。その後、奥野敦士さんのために何か力になれないかとお見舞いに通うようになり、いつの間にか音楽の話題で意気投合。交際がスタートし2015年に結婚しました。

 

奥野敦士さんを施設から自分の自宅に引き取り、3年前から介護生活を送っています。あの動画が最愛のパートナーと結びつける奇跡をもたらしていました。

 

ミスチルの桜井和寿との出会い

そして、2つ目の奇跡がミスチルの桜井和寿さんが訪ねてきたことでした。桜井さんは中学生の頃から奥野敦士さんにあこがれていました。ミスターチルドレン結成後も奥野敦士さんの歌い方や衣装を真似するなど多大な影響を受けていたと言います。

 

訪ねてきた桜井和寿さんは自身が主催する「ap bank fes」への出演を依頼してきました。

 

桜井君が直々にオファーに来てくれて出たいなと思うよね。

(奥野敦士さん)

 

しかし、奥野敦士さんの体調は悪化しており外出さえ許されずドクターストップ

 

それから数カ月後、桜井さんから郵便物が届きました。入っていたのは奥野敦士さんが出演できなかった「ap bank fes」を収録したDVDでした。奥野敦士さんが歌声を取り戻したあの動画が会場のモニターに映されていました。

 

YouTubeの映像を使ってセッションしてくれて、こういう形でやってくれたんだと思って。泣きそうになっちゃったね、あの時ね。泣いちゃったんだっけな。

(奥野敦士さん)

 

これを見た奥野敦士さんは決意をしました。

 

「いつか必ず桜井と同じステージに立つ!」

 

人生の決断

それは日常生活もままならない奥野敦士さんにとって無謀ともいえる挑戦でした。

 

そしてオファーから6年経った2018年1月、再び桜井和寿さんから出演依頼が来ました。6年間練習を積み重ねてきた奥野敦士さん。7月のライブ本番に向けて、さらなる猛練習を開始。妻の亜紀さんも全面的にバックアップ。さらに、ROGUE(ローグ)の仲間も集まり支えてくれました。

 

桜井と奇跡の共演

大事故から10年、桜井さんと約束した夢の舞台へ。歌ったのは「終わりのない歌」。

 

やっぱ辛かったけどね、歌を続けてよかったなって思った。生きてるうちはね諦めちゃったらもったいない。それをやり遂げればそれだけハッピーになれるってこと、この映像で伝われば良いな。

(奥野敦士さん)

 

絶望から這い上がった奥野敦士さんは、これからも諦めない生き様を歌い続けます。

 

「爆報!THEフライデー」

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