元バレー日本代表の谷田絹子は今…淡島千景との謎の共同生活|爆報!THEフライデー

1964年に開催された東京オリンピック。「東洋の魔女」と呼ばれた日本女子バレーチームは、決勝戦までのぼりつめソ連と対決。そして、戦後初となる金メダルを獲得。「東洋の魔女」の影響を受け主婦たちを中心にママさんバレーが大流行しました。

 

そんな「東洋の魔女」のエースとして活躍したのが谷田絹子(たにだきぬこ)さん。キレの良いアタックを武器にエーススパイカーとして活躍。そしてオリンピック直後に現役を引退しました。

 

大女優との謎の共同生活

引退後の谷田絹子さんは、仕事が見つからず第2の人生をどう歩むべきか思い悩んでいました。そんな時、東洋の魔女の勝利を祝うパーティーでのこと。突然、大女優・淡島千景(あわしまちかげ)さんから自宅に招待されました。

 

引退してもバレー熱が高かった彼女たちに淡島千景さんがオーナーとなりバレーチーム「富士クラブ」を結成。アマチュア大会で2度の日本一に輝きました。

 

淡島千景さんから特に寵愛を受けていたのが、谷田絹子さんでした。毎週末、大阪から淡島千景さんの自宅に通っていた谷田絹子さん。淡島千景さんは「うちに住んだら?」と提案してきたと言います。しかも、淡島千景さんは自分の事務所の社員として谷田絹子さんを雇いました。さらに、淡島千景さんは谷田絹子さんのために10以上の縁談を持ち掛けてきました。

 

そんな淡島千景さんとの濃厚な共同生活を過ごすこと5年。しかし、突然2人は別れることになりました。谷田絹子さんが30歳の時、母が亡くなったことをきっかけに大阪に帰ることに。

 

ずっと一緒にいたかったんですけど、先生はでも大丈夫よって言って。

(谷田絹子さん)

 

そして、淡島千景さんは谷田絹子さんに「幸せになってね」とエールを送ったと言います。

 

谷田絹子さんの現在

谷田絹子さんは30歳の時に会社員と結婚。3人の子宝に恵まれ、現在は孫が7人。さらに、78歳にしてママさんバレーのコーチとしても活動。見事なサーブを今も披露。公私ともに幸せになっています。

 

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あの人は今…大追跡SP



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