横溝正史「悪魔の手毬唄」 ※ネタバレあり|シリーズ深読み読書会

舞台はいわゆる岡山モノの聖地「鬼首村(おにこべむら)」です。アイドル・大空ゆかり帰郷でわく村に、謎の老婆も峠を越えてやってきます。そこから名家の娘たちを狙った連続殺人劇の幕が開きます。それは村に伝わる手毬唄に見立てた不気味な犯行でした。事件の背景には23年前のもう一つの殺人事件が。その悍ましい真相とは…

 

「悪魔の手毬唄」の舞台である鬼首村は、横溝正史が疎開した岡山県岡田村がモデルです。横溝正史の散歩コースが作品の主要な舞台になっています。昭和32年8月に連載を開始した「悪魔の手毬唄」プロローグで鬼首村に伝わる古い手毬唄が紹介されます。

 

うちの裏のせんざいに
雀が三匹とまって
一羽の雀のいうことにゃ
おらが在所の陣屋の殿様
狩好き酒好き女好き

 

昭和30年夏、金田一耕助は数々の事件を解決した岡山で休養をとろうと県警の磯川警部を訪ねました。警部からは鬼首村の温泉宿を勧められ宿の主・青池リカ宛の紹介状を預かりました。

 

金田一「青池リカさんというのは…?ご婦人の名のようですが」
磯川「それがまた気の毒なご婦人でしてね。旦那さんというひとが殺されましてな」

 

昭和7年の事件で夫を殺された青池リカ。リカには歌名雄という容姿端麗で人気者の息子と、生まれながら半身に痣を持つ里子という娘がいました。

 

鬼首村に着いた金田一耕助は、亀の湯に逗留。そこで青池リカと出会いました。

 

昔はそうとうの美人だったろうと思われるような女だ。ただ、大きな悲劇に直面した女だけあって、どこか暗い、さびしい翳があり、言葉かずも少なかった。

 

息子の歌名雄を中心とする若者たちは、このとき村出身の大スター大空ゆかり(本名:別所千恵子)の帰郷にわいていました。実は、大空ゆかりと青池リカの間には因縁がありました。

 

昭和7年11月、リカの夫・青池源治郎が後頭部を割られ殺害されました。顔は囲炉裏に突っ込まれ人相を判別できぬほど焼かれていました。その容疑者で行方をくらませた恩田幾三の娘が大空ゆかりなのです。村を追われた殺人容疑者の娘がグラマー・ガールとして東京で大成功。7年ぶりに凱旋帰郷するというのです。

 

一方、金田一耕助は亀の湯の常連客・多々羅放庵と知り合いました。もとは裕福な庄屋でしたが8人もの妻をめとった放蕩者で、今は人食い沼の畔で暮らしています。彼は元妻のおりんから復縁を望む手紙が来たと喜んでいました。

 

放庵「わしのところへ戻ってきたいとゆうてよこしよりましてなあ。当時は憎いやつじゃと思うたが、こうして詫び言いれてくるとまたかわいい。」

 

数日後、金田一耕助は峠でおりんらしき老婆とすれ違いました。

 

老婆は、ふたえに折りまげるような姿勢で歩いてくるので、顔がまるで見えなかった。

おりん「おりんでござりやす。お庄屋さんおところへ、もどってまいりました。なにぶん可愛がってやってつかあさい。」

 

ところが翌日、おりんがすでに死んでいることを聞きつけた金田一耕助。急いで放庵を訪ねましたが、人影はなく畳にはおびただしい血痕が。何者かが放庵を殺したのか、それとも…

 

鬼首村は、いま二重の意味でわきたっている。故郷へ錦をかざったグラマー・ガールの噂と、死人の名をかたって、仙人峠をこえてやってきた奇怪な老婆の風説とで。

 

鬼首村には対立する2大名家がありました。桝屋の屋号も持つ由良家と、秤屋の屋号を持つ仁礼家。それぞれの娘、由良泰子と仁礼文子は青池リカの息子・歌名雄に想いをよせる恋敵。

 

第一の殺人事件

ある日、泰子がおりんに扮した何者かと共に歩く姿が目撃されます。行方不明となった泰子は、翌日滝つぼで絞殺死体となって発見されました。遺体には奇怪な細工が施されていました。枡にたまった滝の水が遺体の口にささった漏斗に流れ込んでいたのです。

 

殺された泰子の母・由良敦子の怒りと疑いの目は、なぜか仁礼嘉平に向けられました。

 

敦子「嘉平さん。これは、あんたがおやりんさったことかな。あんたが泰を邪魔におしんとりさったんは、わたしもようしっとおりましたん。」

 

二大名家はこの時、歌名雄との縁談をめぐって対立していました。歌名雄と泰子との縁談が進んでいましたが、仁礼家が文子を嫁にと横槍を入れていたのです。

 

第二の殺人事件

しかし翌日、文子も絞殺死体となって発見されました。喪服の帯にさされた竿秤に大判小判が乗せられていました。

 

その夜、金田一耕助は由良家の老女いよこから事件の手掛かりとして手毬唄を聞かされました。かつて村を支配した残忍な殿様にもてあそばれた娘たちの唄。連れ去られ、飽きると様々な難癖をつけて捨てられたと言います。

 

女たれがよい枡屋の娘
枡屋器量よしじゃがうわばみ娘
枡ではかって漏斗で飲んで
日がないちにち酒浸り
それでも足らぬとて返えされた返えされた

 

「返えされた」は殺されたという意味だと知った金田一耕助は、娘たちの死体は歌詞にみたてたものと推理。実はこの手毬唄は、いよこと放庵以外は誰も覚えていない忘れられた唄でした。

 

奇怪な手毬唄殺人には、昭和7年の事件が関わっていました。

 

昭和7年の事件

昭和初期、大地主・由良家に対して新興の仁礼家がぶどう栽培に成功。二大名家の力関係が逆転。昭和6年、村にやってきた詐欺師・恩田幾三は由良家に取り入り、モール製造を提案。器具や材料を購入させ村人たちを駆り出しました。

 

その詐欺に気づいたのがリカの夫・青池源治郎。恩田を糾弾しようと宿泊先に乗り込んだ源治郎は逆に殺されてしまいました。

 

一方、恩田は村の女にも手を出していました。錠前家の屋号を持つ別所家の春江に手を出し、彼女との間にできたのが大空ゆかりだったのです。しかも、恩田は他の女の腹にも子を孕ませていました。殺された二大名家の娘たち。その驚きの真実が明かされます。

 

敦子「あの娘…文子はんちゅう娘、父なし児ですんよ。いつかお庄屋さんがおいいんさったんは(父親は)恩田じゃないかっと。」

嘉平「こんど殺された泰子ちゅう娘ですなあ。あれがやっぱり恩田のタネじゃっと…」

 

なんと、殺された二人は容疑者・恩田の娘。つまり、泰子・文子・ゆかりは腹違いの姉妹だったのです。

 

横溝家も複雑だった

横溝正史の両親は不倫の末、互いの妻と夫を残し岡山から神戸へ駆け落ちした仲。2人の間にできた4人の子供たちの3番目が横溝正史でした。

 

しかし、5歳の時に母親が死去。父は後妻をむかえ新たに二男一女をもうけました。さらに、岡山に残した前妻との長男も引き取りました。彼の名は歌名雄。

 

一方、母も岡山に孚一という長男を残してきていました。横溝正史は孚一とこの小説の関連についてこう記しています。

 

私は妙な罪業感から、ついにそのひとに会いにいく勇気がなかったのだが、多々羅放庵をかくとき、つねに私の念頭にあったのは会ったことも見たこともないこの孚一というひとであった。

 

江戸川乱歩との絆

「悪魔の手毬唄」は横溝正史の複雑な家庭環境だけでなく、江戸川乱歩との絆の物語でもあると言います。横溝正史は19歳で投稿作品が雑誌に掲載され、小説家デビューしましたが、その後は神戸の実家の薬局を継ぐはずでした。

 

ところが、横溝正史の才能を見込んだ江戸川乱歩に誘われ東京の出版社に入社。乱歩の担当編集者になりました。乱歩は横溝正史の編集で数々の代表作を発表しました。

 

横溝正史君は私にとって恐ろしき存在である。彼は無言の内に私の創作活動を左右している様なところがある。誰の批評よりも彼の批評が、一番ギクンとこたえるのだ。

(江戸川乱歩)

 

その後、横溝正史は編集者を辞め専業作家となりますが、結核を患い療養。そして戦後、本格探偵小説で不動の人気作家となった横溝正史。そこにも乱歩の存在があったと言います。

 

あれは、「獄門島」を書いている自分でしたかね。「負けるもんか。負けるもんか」とよく言ってましたよ。髭を剃りながらでも顔を洗いながらでも、しょっちゅう乱歩さん、乱歩さんでしたね。

(横溝の妻・孝子さんの証言)

 

一方、満足のいく小説がかけなくなった乱歩は探偵小説専門誌の編集長に就任。ミステリーの評論や新たな才能発掘に向かいました。連載の柱と依頼したのが横溝正史の「悪魔の手毬唄」でした。

 

第三の殺人事件

金田一耕助は腹違いの姉妹という共通点から次に狙われるのは大空ゆかりと推理し警備を依頼。自らは調べものがあると神戸へ向かいました。しかし、探偵不在の間にまたもや殺人事件が起きてしまいました。現場には錠前と鍵が置かれていました。同時に手毬唄の続きが明らかに…

 

女たれがよい錠前屋の娘
錠前屋 器量よしじゃが小町でござる

 

錠前屋はゆかりの実家の屋号。犯人はゆかりを狙っていたはずでしたが、殺されたのはリカの娘・里子でした。痣を恥じて人前に出ることを嫌っていた里子。その死体は…

 

里子はズロースをはいただけの赤裸であった。むごたらしい赤痣が悪どく、なまなましくむきだしにされているのである。

 

金田一耕助は神戸に行く前、「事件のカギは恩田の特徴を洗い直すことだ」と磯川警部に言づけていました。磯川警部が関係者から証言をとると、恩田と源治郎の遺体には足の中指が長いという同じような特徴があったことが判明。遺体は源治郎ではなく恩田だったのか…

 

金田一耕助が神戸で手に入れてきた青池源治郎の写真で全ての真実が明らかになりました。

 

医者「こら、恩田幾三の写真じゃないか」

 

なんと、恩田幾三と青池源治郎は同一人物だったのです。

 

なぜ気づかなかったのか?

昭和6年、村に来た恩田の活動範囲は由良家周辺。放庵宅の離れを借りていました。そこから亀の湯までは4kmあります。源治郎が実家に戻ったのは事件の1か月前。恩田の活動期間と重ならないよう計算されています。

 

さらに、源治郎は小学校を出てすぐ村を離れていたため、由良家や村の人たちは恩田として現れた彼を源治郎だと気づかなかったのです。源治郎は、村を出たあと、神戸でサイレント映画の活動弁士となりました。そして、女道楽と呼ばれる芸人だったリカと結婚。

 

しかし昭和5年、トーキー映画の登場で弁士の需要がなくなり2人は幼い歌名雄を連れ村に帰ることになりました。

 

犯人は?

おりんに扮した犯人はゆかりの殺害をはかり、彼女の家に放火するも失敗。毒をあおった末、追手を振りきって自ら沼へ。歌名雄ら村の若者たちが死体を引き上げました。

 

歌名雄「ああ!母ちゃん!母ちゃん!」

 

犯人は青池リカ。一連の事件は彼女の犯行でした。

 

事件の全容に迫るため村人を集めた金田一耕助。

 

金田一「わたしにばかりしゃべらせないで、ひとつ討論会といこうじゃありませんか。」

 

何と、みなで討論して事件の真相に迫ろうと提案。

 

事件の真相は

昭和7年、恩田という名で様々な女と浮気していた源治郎。リカはそれを知り恩田の滞在先をつきとめ衝動的に殺害。そして、顔を焼くことで夫の一人二役が村人にバレないように細工し、恩田に罪をなすりつけたのです。

 

おそらくリカは放庵に現場を目撃されたのでしょう。二人は殺人の秘密を隠し続けました。その後、農地改革や度重なる離婚で落ちぶれた放庵はリカに生活費を頼るように。

 

リカはおりんになりすまして放庵を油断させ殺害。その死体を隠して失踪に見せかけました。一連の見立て殺人を放庵の仕業だと思わせようとしたのです。

 

なぜリカは自分の娘・里子を殺さなければならなかったのでしょうか?

 

ゆかり「ひょっとすると里ちゃんはあたしの身替わりにおなりんさったんじゃ…」

 

実は、里子は母の犯行に気づいていました。文子の通夜の席で母がゆかりを呼び出していることを知った里子は、喪服からドレスに着替えその場所に向かいました。その結果、リカは自ら娘を手にかけてしまったのです。

 

リカの不可解な動機

討論会で最も白熱したのは、なぜリカは3人の娘を殺したのか?

 

①浮気相手への嫉妬

医者「リカとしては正妻であるじぶんの娘があがいな器量じゃのんに、じぶんから亭主をねとったかくし女の腹にうまれた娘たちがみんなべっぴんであるということがしじゅうリカの神経をいらだたせておった。」

 

②歌名雄の近親相姦阻止

嘉平「われわれは、腹ちがいの妹を歌名雄におしつけようとしとったんですなあ。」

恩田と源治郎が同一人物ということは、縁談相手である泰子と文子は歌名雄の異母兄弟です。

 

③人気スターゆかりへの嫉妬

金田一「リカも若いころ寄席に出ていたことがあるんですよ。だから芸能人の人気にたいする憧れは人一倍強かったと思うんです。」

 

エピローグ

家族を全て失った歌名雄にゆかりが語り掛けます。

 

ゆかり「兄さん、あえてあたしは兄さんと呼ばせてもらいます。兄さんもご存じのとおり、あたしはものごころついたじぶんから、詐欺師で殺人犯人の娘として、ずいぶん肩身のせまい思いをしてきたのですよ。しかし、あたしは死にませんでした。歯をくいしばって世間の迫害に耐えてきたのです。強くなってください。あくまでも強く生きていってください。」

 

幕切れは金田一耕助と磯川警部の別れのシーン。

 

金田一「警部さん、あなたはリカを愛していられたのですね。」

あっ!と口のうちで叫んでわたしがたじろいだとき、金田一耕助氏はすでに動きだした車中のひとだったのである。

 

「シリーズ深読み読書会」
横溝正史の集大成!”悪魔の手毬唄”




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