バミューダ・トライアングル 魔の三角海域の謎|幻解!超常ファイル

バミューダ・トライアングル伝説

北大西洋のフロリダ、プエルトリコ、バミュータ諸島を結んだ三角海域バミューダ・トライアングルでは、船や飛行機が突如謎の失踪をすると言います。

 

1918年、アメリカ海軍給炭艦サイクロプス号は救助を求めるSOS信号すら発することなく乗組員309名を乗せたまま突如として消えました。

 

1925年、日本の貨物船・来福丸は「早く来てくれ!脱出できない!」という奇妙な通信を残して消えました。

 

1945年、アメリカ海軍の爆撃機5機が天気が良かったにも関わらず「我々のいる場所はどうやら…」という謎の交信を最後に5機が当時に消えました。

 

これまでに消えた船や飛行機は100以上、行方不明者は1000人を超え、生存者はおろか残骸の欠片も残さずに姿を消し、いまだ一件も解決していないと言うのです。

 

フライト19事件

1945年12月、フロリダのアメリカ海軍基地から5機の爆撃編隊フライト19が訓練のために飛び立ちました。離陸した時刻は午後2時過ぎ。天候は素晴らしい飛行日和だったと言います。隊長は飛行時間2500時間を超えるベテランパイロットのテイラー中尉。訓練は基地を出て低空爆撃を行った後、進路を2度変え基地の戻るという極めて簡単なもので、まだ太陽が出ている午後4時過ぎには全てが終了するはずでした。

 

ところが、「白い水に突入。我々は完全に迷った。」という交信を最後に5機の爆撃機は消えました。

 

魔の三角海域 謎の仮説

宇宙人による拉致や異次元に迷い込んだ、海底ピラミッド、海の巨大生物といった怪しげな仮説もありますが、自然現象をもとにした仮説もあります。

 

ダウンバースト説

かつては白い嵐と呼ばれ、船乗りに恐れられた自然現象です。快晴の穏やかな海で局地的に発生する巨大な下降気流です。一瞬にして発生することから予測が難しく、これが飛行機を墜落させ船を沈没させるのではないかと言われています。

 

メタンハイドレート説

メタンハイドレートは水とメタンが結合し、海底で結晶化したもの。地割れなどでメタンが大量の放出されると、船は浮力を失って沈没。航空機は吸い込んだメタンガスに引火して爆発を起こすなどと言われています。

 

仮説は色々ありますが、全ては広大な海で誰にも目撃されることなく起きている事件だけに確定的な原因は分かっていません。

 

メアリー・セレステ号事件

1872年、ニューヨークの運搬船デイ・グラチア号はポルトガル沖で奇妙な船を発見しました。船の名前はメアリー・セレステ。人の気配がなく呼びかけてみても返事はありませんでした。デイ・グラチア号の船員が乗り込んで調べたものの、人影はどこにも見当たりませんでした。

 

ところが、食堂のテーブルに湯気の出ているコーヒーやパンなど温かい食事があったのです。さらに、救命ボートは残されたままでした。

 

検証!魔の三角海域の謎

バミューダ諸島には周辺で発生した事故の一切の記録を保管している組織があります。バミューダ海事オペレーションセンターです。

 

船が座礁した記録はありますが原因不明で失踪した記録はありません。このエリアは1年の半分はハリケーンが通過します。以前はGPSもなくハリケーンの予測も不十分でした。また人的ミスも大きな要因として考えられます。それらが船の失踪や沈没を起こしたのではないでしょうか。今も毎日何千もの船が通過していますが何の問題も起きていません。

(管理責任者デニス・ロウさん)

 

では、謎の失踪事件の話の出所はどこなのでしょうか?

 

バミューダ・トライアングルの伝説について世界的に影響を与えた1冊の本があります。アメリカの言語学者で超常現象研究家のチャールズ・ベルリッツが1974年に書き下ろした「バミューダ・トライアングル」です。この本は20カ国語に翻訳され500万部を超える世界的ベストセラーになりました。

 

日本船消失事件の真相

「早く来てくれ!脱出できない!」と何かにとらわれたように救助を求めバハマ諸島とキューバの間で行方不明になったとされています。ところが、来福丸は別の船によって決定的瞬間が撮影されています。来福丸は救助に来た別の船の目の前で大しけに遭遇し沈没していたのです。

 

しかも、事故現場はバミューダ・トライアングルから遠く離れたカナダ沖でした。しかも、最後の交信は

本船は今や危うく沈もうとしている。しかし救いの船は60マイルの所からここに向かっている。

というものでした。

 

フライト19事件の真相

ベルリッツはフライト19消失事件についても多くのページをさいています。ベルリッツはこの事件を不可解な失踪をとげた完全な消滅事件と書きました。

 

アメリカ国立公文書館に当時海軍が行った事故調査報告書が残っています。

フライト19の機体はフロリダ半島の暗闇の中不時着した。当時その海域は荒れており水上の不時着には適していなかった。フライト19の失踪はリーダーでありインストラクターでもあったテイラー中尉の一時的な精神の混乱とその結果の誤った判断によって起こった。

(報告書より)

 

つまり、離陸したさいの天候は快晴だったものの後に天候は悪化。また、テイラー中尉が一時的なパニックに陥ったことによって自分が飛んでいる場所を錯覚した可能性があったと言います。「白い水に突入」といった別の空間に迷い込んだかのような交信記録はありませんでした。

 

ベルリッツは海軍の調査結果には触れることなく実際にはなかった交信を創作することにより謎の失踪を演出していたのです。

 

こうしたバミューダ・トライアングル伝説の事件の数々を検証した人物がいます。アリゾナ州立大学図書館司書のローレンス・クシュです。クシュはベルリッツが書いた36の事件のうち少なくとも23件は捏造または脚色であることを暴露しました。

 

バミューダ・トライアングルの伝説は要するに故意に作られたものである。それはまずずさんな調査に始まりついで誤った概念や間違った推理あるいは人々の興味や関心をあおろうとする作家たちによって故意にあるいは無意識的に作られたものにすぎない。それが繰り返し語られたおかげで真実めいたオーラを帯びてきたのである。

 

メアリー・セレステ号事件の真相

船から人だけが消えたメアリー・セレステ号事件にも公式記録が残っています。船と貨物には保険がかけてあり、その保証をめぐって裁判が行われたからです。証言台に立ったのはメアリー・セレステ号を発見した船員や船の所有者。彼らは船の中で何を見たのでしょうか?

 

私と2人の男がメアリー・セレステに乗り込みましたが、誰もいませんでした。船室にも調理室にも食事の準備をしている様子はありませんでした。

 

ボートはどこにも見当たりませんでした。だらか何隻あったのかもわかりません。

 

つまり、伝説で語られていることとは異なり乗組員は何らかの理由で救命ボートに乗り船を離れた可能性が高いということになります。しかし、この裁判においてもなぜ乗組員たちが船を離れたのか理由は不明のままでした。

 

裁判から10年後、メアリー・セレステ号が再び出航することになった時、伝説が再燃しました。

 

調理室では静かに火が燃えていて夕食は手つがずのまま残されまだ温かかった。航海日誌は発見された1時間前に記入されたばかり。救命ボートもそのままだった。

1883年6月9日 ロサンゼルス・タイムズ

 

このように船から突然乗組員がいなくなったと強調。さらに、乗組員が船から脱出した可能性がある事実まで捻じ曲げたのです。

 

これがさらに広まったのはアーサー・コナン・ドイルと関わりがありました。ドイルは事件の12年後、メアリー・セレステ号をもとにした短編小説を発表。これを多くの読者が事実に基づいて書かれたものと信じたのです。さらに事件をもとにした映画「ファントム・シップ」まで作られました。

 

メアリー・セレステ号事件というのは非常に興味をかきたてられる事件でした。乗組員がなぜか船を捨てそのままいなくなってしまった。とても不可解な事件です。ただこれだけでは少し面白みが欠けていました。人々はつまらない事実よりも面白い伝説やフィクションを好みます。そのため歴史上に起きた多くの出来事を人々は誇張して伝えようとします。その結果、事実に対して尾ひれがつき船が発見されたときには「温かい食事が残っていた」「救命ボートが残っていた」といった要素が加えられて面白い物語に変化していったのです。

(作家ポール・ベッグさん)

 

「幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリー」
バミューダ魔の三角海域



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