副作用を抑えられる抗がん剤の開発 キューピットとプシケ|夢の扉+

がんの主な治療法の一つは抗がん剤ですが、時に正常な細胞にもダメージを与えつらい副作用が起こります。そこで、この副作用を抑えがん細胞だけを攻撃する薬の開発に挑んでいるのが東京大学先端科学技術研究センターの児玉龍彦(こだまたつひこ)教授です。

 

抗がん剤のつらい副作用の理由

 

これまで児玉龍彦さんは抗がん剤の副作用に苦しむ多くの声を聞いてきました。抗がん剤はなぜ脱毛や吐き気といったつらい副作用を伴うことがあるのでしょうか?

 

人の体は無数の細胞で出来ています。その細胞の中にある遺伝子に何らかの原因で傷がつくと、細胞があたかもブレーキが壊れたかのように増殖を続けます。これががん細胞。抗がん剤はこの盛んに増殖する細胞をめがけて攻撃します。

 

ところが、その細胞ががんではないこともあるのです。それは皮膚の細胞や毛髪の細胞、骨髄の細胞が正常な状態でも活発に増殖しているからです。活発な細胞ががん細胞と間違って攻撃され副作用の原因になっているのです。

 

どうすれば正常な細胞を傷つけずがん細胞だけを攻撃できるのでしょうか?そこで児玉龍彦さんは性質の異なる2種類の薬で挑むことに。

 

まず1つ目の薬ががん細胞を見つけ出しくっつき、次に2つ目がその薬と合体しがんを攻撃。薬にチームプレーをさせる画期的なアイディアです。結ばれてこそ力を発揮するがん治療薬を児玉龍彦さんは、愛の神キューピットと彼に恋する娘プシケの愛の抱擁に例え「キューピット」と「プシケ」と名付けました。児玉龍彦さんは2人の愛に希望を託したのです。もちろんこれは神話ではないので、分野を超えた最先端技術者を集めプロジェクトをスタートさせました。

 

キューピット担当の東京大学アイソトープ総合センターの杉山暁教授はタンパク質工学のスペシャリストです。キューピットの正体はタンパク質。少しでもがん細胞とくっつきやすいタイプのタンパク質を作り出せるかが最初の大事なステップです。

 

がんを攻撃するプシケの担当が東京大学大学院薬学系研究科の清水洋平特任助教。彼は薬学のスペシャリスト。プシケのがんを攻撃する力を少しでも高めようという狙いです。キューピットががん細胞を見つけ続いてプシケがキューピットと合体すれば、どんな小さながんも逃さず攻撃が出来るはずです。

 

ところが、大きな壁が立ちはだかりました。2つの薬が手を取り合い強く結びついてこそチームプレーが出来ます。つまり確実に合体できる設計が不可欠なのです。しかし、キューピットとプシケは細胞よりはるかに小さいため、小さすぎて設計ができなかったのです。

 

そこで児玉龍彦さんは大阪大学に突破口を見出しました。大阪大学大学院工学研究科の溝端栄一助教は極小の世界を解析するスペシャリストです。キューピットとプシケの結晶を作りX線を当てることで、その姿がハッキリと捉えられると言います。これで夢の薬の設計が可能になるはずです。

 

児玉龍彦の人生

児玉龍彦さんには今も頭の上がらない恩師がいます。それは高校時代の生物の先生である貝沼喜兵さん。年の離れた兄貴のような存在だったと言います。

 

ある日、貝沼先生は生徒たちの前で「いいか君たち、これからはDNAの時代だぞ」と熱く語り出しました。先生は放課後、大学で新しい知識を学んでは生徒たちに教えていました。高校時代の児玉龍彦さんはすっかり遺伝子の神秘に魅せられていました。もっと遺伝子を学ぼうと東京大学医学部に進学。病気の原因となる遺伝子の研究にのめりこみました。

 

その後、MITに留学し世界からも注目されていた動脈硬化に関わる遺伝子の発見に挑みました。気温4℃の実験室にこもり続ける日々。牛の臓器を使い、あると信じた遺伝子をひたすら探し続けました。4年間で牛120頭分もの実験に挑んだものの見つかりませんでした。滞在ビザが切れ帰国する日も機内で遺伝子を探し続けました。

 

飛行機がアラスカの上空にさし掛かった時、遺伝子を発見。児玉龍彦さんが発見した遺伝子がきっかけとなり、その後動脈硬化を抑える薬が生まれていきました。児玉龍彦さんは一躍世界的な科学者になりました。

 

そして今、児玉龍彦さんの新たながん治療薬は大きく動き出そうとしています。その切り札となるのは分子シミュレーションのスペシャリスト東京大学先端科学技術研究センターの篠田恵子特任助教。操るのはスーパーコンピューターです。大阪大学が明らかにした結晶構造をもとにキューピットとプシケが体内でどう合体しているかをシミュレーション。コンピューター上で薬が設計できるのです。これが今、世界が注目するスパコン創薬です。

 

篠田さんはキューピットとプシケの形や動きを少しずつ変え、一番がん細胞に有効なタイプを探っています。スパコン創薬は資金力ではアメリカには敵いませんが、児玉龍彦さんたちはチームワークで一歩ずつ明日を目指しています。

 

まずは大腸がん向けの薬で特許を出願。10年以内の実用化を目指しています。また現在治療が難しい全身に転移したがんの治療薬としても期待が高まっています。

 

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