増殖中!タラバガニ 生態系を壊す!海底の王者|地球ドラマチック

北極海の海底で巨大なタラバガニが増殖し、旺盛な食欲で獲物を食べつくしています。タラバガニは、元々ヨーロッパの沿岸には見られない生物でした。人の手によって運びこまれた外来種なのです。

ノルウェーの北部に現れたのは1970年代。今では北極海に面したヨーロッパの沿岸全体に生息しています。タラバガニは生息域をどこまで広げ、生態系にどのような影響を及ぼしているのでしょうか?

実はヤドカリ!

タラバガニは最大級の甲殻類です。大きいものでは重さ10kg、足を広げた時の長さが180cmにもなります。

名前にカニとついていますが、生物学的にはカニではなくヤドカリの仲間です。学名はパラリソーディズ・カムシャティカス。ラテン語で「カムチャッカのカニ」という意味です。

ロシア東部のカムチャッカ半島沿岸が生息地の一つですが、現在はユーラシア大陸の反対側、北欧の沿岸にも生息しています。冷たく栄養分を豊富に含んだ北極海には様々な生物が生息しています。

特にバレンツ海は生物の多様性が保たれています。まだ発見されていない種も数多くいると見られています。バレンツ海の生態系は、豊かであると同時に脆くもあります。外来種であるタラバガニが現れたことで、長い間保たれてきた生態系のバランスが崩れかけているのです。

増え続けるタラバガニが様々な生物を食べてしまうため、生物の数も多様性も失われつつあります。タラバガニはとても食欲旺盛です。雑食性で何でも貪るように食べてしまいます。

旧ソビエトの大移動計画

ノルウェー北部のバレンツ海に面した村ブゴイネスでは、タラとサーモンの漁が盛んです。ここはノルウェーで最初にタラバガニが水揚げされた村です。

1977年、初めてタラバガニが獲れた時には新聞や雑誌に大きく取り上げられました。

20世紀の前半、タラバガニの生息地は北太平洋だけでした。アメリカ、日本、旧ソビエト連邦などが漁を行い重要な水産資源と見なされていました。

そこで、旧ソビエトの指導者はタラバガニを西の海でも獲れるようにしようと考えました。科学者のユーリ・オルロフが責任者となり、1961年から計画が進められました。カムチャッカ半島の周辺で獲れたタラバガニを大陸の反対側に生きたまま運び海に放しました。

バレンツ海に放たれたタラバガニはすぐに増え、1970年代の終わりには旧ソビエトからノルウェーの海域に広がり、そのまま南下して2009年にはベルゲンでも見られるように。タラバガニは冷たい海に生息するため、科学者たちもこれほど南下するとは予想していませんでした。

タラバガニは、ノルウェーの沿岸に広がるフィヨルドの奥にも住み着くようになりました。

フィヨルドの奥にも!

ノルウェーの科学者は、ポルサンゲン・フィヨルドの状況を調査しています。

タラバガニは素早く動き回るため居場所を突き止めるのは簡単ではありません。そして、音波感知器では見つけられないため海に潜って調査します。

この10年程で、タラバガニはポルサンゲン・フィヨルドの奥深く100km入った所にまで生息域を広げています。

ハサミはセンサー!

タラバガニの大きなハサミは単にモノを掴んだり切ったりするだけでなく、獲物を見つけ出す機能もあります。タラバガニの殻の内側には高感度センサーが張り巡らされ、脳に情報を送り続けています。ハサミの先端には感覚毛があり、砂の下にいる貝を見つけ出すことが出来ます。

口のそばには、せわしなく動く小さな足がついています。その足も感覚毛で覆われていて、食べても大丈夫なものかを判断します。大丈夫だと判断すると獲物を口の中に押し込みます。顎を使って獲物の殻を砕き、中身をバラバラにして飲み込みます。

1日でどれだけ食べる?

タラバガニが1日に食べる量を計測したところ、1~2匹の獲物を獲ることがわかりました。タラバガニの数が膨大になれば生態系にもたらす影響はかなり大きなものとなります。

タラバガニはヒトデやウニだけでなく、貝なども食べます。放っておけば海洋生物の多様性が失われ、生態系のバランスが大きく崩れる可能性があります。

タラバガニが獲物探しに使うのはハサミだけではありません。口のそばにある小さな足は、見えない場所にひそむ獲物を見つける超高感度センサーの役割を果たします。人間でいえば鼻のようなもので、400種以上のニオイを感知することが出来ます。

広範囲を移動

手付かずの自然が残るフィヨルドですが、海の中ではタラバガニによる生態系の破壊が進んでいます。フィヨルドの地形や気温は、タラバガニにとっては理想的な環境です。

しかし、タラバガニが住み着いた場所では、他の生物が姿を消すことになります。

横に進むカニと違い、タラバガニは前に速い速度で進むことができます。1日で10km近い距離を移動することも。また、タラバガニは海のかなり深い所まで行くことができます。中には水深350mに達するものも。

深海の泥の中には、タラバガニの食料となる小さな生物が沢山潜んでいます。タラバガニは長いハサミを泥の中に突っ込み、隠れた食料を次々と平らげます。

海底の泥の中に住む生物は、食物連鎖の底辺に位置し、有機物や酸素の循環に大きな役割を果たしています。タラバガニの増殖によってこれらの生物が極端に減れば、深刻な影響が出る可能性があります。

驚きの再生能力

成長期のタラバガニは、窮屈になった殻を脱ぎ捨てながら大きくなります。脱皮です。ステロイドホルモンが分泌されると古い殻が割れ、新しい殻はまだ柔らかい状態です。この間タラバガニは無防備な状態です。身を守るために集団を形成するのだと考えられています。

完全に成長したタラバガニも頻繁にではありませんが脱皮をします。組織を再生し殻をより頑丈にするためです。大きく成長して硬い殻を身につけたタラバガニを襲う敵はほとんどいません。

オオカミウオは鋭い歯があり、大きいものでは体長150cm、重さ14kg近くになります。タラバガニはオオカミウオと同じような獲物を食べるため、しばしば争いになります。オオカミウオの鋭い歯もタラバガニの頑丈な甲羅は噛み砕けませんが、足を1~2本失うことはあります。

足を失っても傷口にはすぐ保護膜が出来て出血が止まります。間もなく、短い突起が現れ新しい足として再生し最後には元通りになります。

赤ちゃん40万匹

タラバガニは繁殖力も優れています。メスは交尾の相手として体の大きなオスを選ぶ傾向があります。タラバガニの寿命は20~30年。4~7年で大人になります。

繁殖期は春に始まります。メスはフェロモンを発してオスを惹きつけます。オスは交尾の相手となるメスを捕まえ、そのまま連れて歩きます。オスとメスはしっかりと繋がったまま2週間を過ごします。メスの受精の準備が整うまで、どちらも何も食べません。

受精が終わるとタラバガニのメスは腹節(ふくせつ)と呼ばれる部分で約1年間、卵を抱え続けます。卵が孵化すると幼生と呼ばれる子供が最大で40万匹海中に泳ぎだします。幼生は潮の流れに乗って広範囲に運ばれます。

タラバガニの幼生は小さなプランクトンを食べて成長します。しかし、幼生の時期は捕食者に食べられる危険性が高く、生き残るのはほんの一部です。生き残った幼生は成長するにつれて姿を変えていきます。

水産資源か邪魔者か

海の中では成長したタラバガニの敵はほとんどいません。唯一の敵は人間です。

ブゴイネスのような小さな漁村では、タラバガニの増加をビジネスチャンスとしてとらえています。ノルウェーの漁師たちは、それまで他の漁で使っていた15m以下の小さな船を改良してタラバガニを獲っています。

タラバガニ漁が始まったのは1993年、当時タラバガニの漁船は4隻だけでしたが今では500隻もあります。ノルウェー政府は乱獲で新たな水産資源を枯渇させないため、漁船ごとにタラバガニの漁獲量を割り当てています。

生態系を荒らす外来種であると同時に、重要な水産資源でもあるタラバガニ。それだけに難しい対応が迫られています。

ノルウェーでは卵を抱えたメスのタラバガニを海に返すよう義務づけられています。タラバガニを生物学者は外来種として排除するべきだと考え、漁業関係者は生活の糧として残したいと考え、ノルウェーの世論は2つに分かれています。タラバガニはそれほど魅力的な水産資源なのです。

アラスカ 人工的に増やす!?

タラバガニの原産地である北太平洋では、タラバガニを保護する動きが出ています。アラスカでは乱獲によって1980年代からタラバガニの数が激減したからです。北アメリカの沿岸でタラバガニの数を増やすために設立されたのがアククラブプロジェクト。専門の施設で様々な研究が行われています。

生態系を破壊する外来種として警戒される一方、水産資源として注目を集めるタラバガニ。その生態はいまだ多くの謎に包まれています。

生息域が南下?

タラバガニは冷たい水を好みます。そこで、科学者たちはタラバガニがどれくらい高い水温で生きられるかを調べ、将来タラバガニの生息域がどこまで広がるかを予測しようとしています。

北大西洋にタラバガニを持ち込んだ旧ソビエトの科学者ユーリ・オルロフはイギリス海峡を越え、スペイン南部の沿岸までタラバガニを住み着かせることが可能だと信じていました。現代の多くの科学者はユーリ・オルロフの考えに否定的です。

しかし、タラバガニが水温の低い深海を南下する可能性はあります。

この記事のコメント

  1. CHIYO  OHAHI より:

    北方系タラバと南タラバはいずれが先に生まれたのでしょうか?
    もちろんアメリカ大陸がアフリカ大陸から移動したことにも原因が、因果関係があるとは思いますが?
    また何れも脱皮してから浅場より100m以深まで移動するにはどれほどの期間で移動するのでしょうか?
    海底水温にもよるでしょうが。
    脱皮しない老ガニと呼ばれるかにの限界生息深度は?

  2. 匿名 より:

    貝が無いならカニを食べればいいじゃない

  3. sk より:

     ブラックバスやアメリカザリガニなどの外来種に対し、「食べて駆除しよう」みたいな推奨の文言を見かけることがありますが、まさにこの記事に表れている問題によって、私はその言説に懐疑的です。
     食べて美味しくない種には、生息数を減らすほどの淘汰圧はかかりません。
     そして、数が減るほどに食べて美味しい種は、必ず商業化し、保護の動きが出ます。
     どちらにしても「食べて駆除」という手法は成立しないのです。
     むしろ、生き物を食べることの罪悪感を軽減したり、多少高価だったり食味にバラつきがあったりすることへの言い訳だったり、という“売り文句”として機能する面すらある、という欺瞞に、気を付ける必要はあるでしょう。