香川伸行の残された家族は今… 死後に知った夫の真実|爆報!THEフライデー

ドカベン香川の愛称で人気を集めた元プロ野球選手・香川伸行(かがわのぶゆき)さん。番組では腎不全になり人工透析中だった彼と、必死に笑顔を見せながら香川伸行さんを支える家族の姿に密着しました。

しかし2014年9月26日、香川伸行さんは52歳という若さで急死。死因は心筋梗塞でした。残された大家族はどうしているのでしょうか?

香川伸行の残された家族は今…

香川伸行の家族は今、一軒家を売却し賃貸アパートで暮らしています。

以前は教師として働いていた妻の弘美さんは、教師を辞めました。生前の香川伸行さんは働けない体だったため、夫婦の蓄えは底をついた状態でした。

さらに、香川伸行さんは生命保険にも入れず、彼の死後、家族に残したお金も0円でした。

6人家族だった香川家は、長女と長男が自立したものの娘2人はまだ14歳と16歳。女手一つで育てるにはお金も家族の時間も必要でした。そんな状況で弘美さんが選んだ仕事は何でも屋。頼まれた仕事を出来る限り何でも引き受けていると言います。

香川伸行の病気

香川伸行さんは現役引退後、福岡の放送局で10年以上野球解説者として働きました。そんな中2000年、バツ1だった弘美さんは38歳の時、同じく離婚経験のある香川伸行さんと結婚。子宝にも恵まれ互いの連れ後も合わせて家族は6人に。幸せに暮らしていた彼女の心配事は、結婚後に知った香川伸行さんの糖尿病でした。

弘美さんは、糖尿病が悪化しないよう食事を節制するよう強く促していたと言います。しかし、香川伸行さんは現役引退後も支持者から食事に誘われる事が多く、弘美さんの目が行き届かない場所では管理しようがなく、気づけば現役時代110kgだった体重は138kgに。病院にも行かなかったと言います。

そんな時の香川伸行さんの口癖は「なるようにしかならへん。ええんちゃうか」とにかく楽観的だったそうです。

しかし、そんな性格がたたり2007年に糖尿病が影響し腎不全に。身体障害者1級となり人工透析を続ける生活を余儀なくされました。定職に就くのも難しくなりました。

このとき、子供たちはまだ学生。経済的な問題が弘美さんに重くのしかかりました。しかし、香川伸行さん自身はいつもの楽観主義のまま。そんな楽観的な香川伸行さんとは裏腹に家族は崩壊の危機にありました。

家族 崩壊の危機

大学生だった長男は学費が支払えなくなり中退。さらに、弘美さんの連れ子だった長女は楽観的な香川伸行さんになじめず猛反発。さらに、下の娘2人は不登校に。もはや家族はボロボロでした。

そんな時でさえ香川伸行さんは「学校に行きたくないんならもうええんちゃうか?」と言ったそうです。

ついに、夫婦関係までギクシャクしはじめた家族。しかし、弘美さんはそれでも家族を正常に戻したいと、中学の教師を辞めパート勤務に。生活が苦しくなるのを覚悟の上、家族の時間を優先させました。

香川伸行の死

2014年9月26日、弘美さんは朝から介護ヘルパーのパートへ出ていました。夫は人工透析を受けお昼過ぎに帰宅。自分の部屋で1人過ごしていました。

弘美さんの仕事終わり、娘から電話がかかってきました。香川伸行さんが声をかけても返事をしないというのです。

香川伸行さんは腎不全や長年続いた人工透析の影響で急性心筋梗塞を発症。救急搬送されるも、すでに息を引き取っていました。

死後に知った夫の真実

香川伸行さんは発見された時、携帯電話を握りしめていました。調べてみると死ぬまでの1~2時間の間に沢山の人に電話をかけていました。

実は、亡くなる数か月前から香川伸行さんは障害者の自分にもできる仕事はないかと必死に人脈をたどり仕事を探していたのです。しかも、その努力は死の直前、実を結び始めていました。亡くなる11日前、野球関係の仕事を獲得していたのです。

楽観主義の裏で、香川伸行さんは彼なりに未来をみすえ家族のために動き出していました。弘美さんは夫の死後、その事実を初めて知りました。

家族に変化が

そんな香川伸行さんの想いを知った家族に今ある変化が。不登校だった次女と三女ですが、次女は自ら通信制の高校に入学。三女も高校受験の勉強をするようになったと言います。

長女は福岡県内でパティシエとして働いています。大学を中退した長男は社会人として自立。今では弘美さんの良き相談相手になっていると言います。

弘美さんはこれからも心の中の夫と共に前だけを向いて頑張り続けます。

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残された大家族は今…

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