1960年代、吉永小百合(よしながさゆり)さんの相手役を最も多くつとめ絶大な人気を集めたのが俳優・浜田光夫(はまだみつお)さん。ブルーリボン賞を受賞した「キューポラのある街」をはじめ、2人は32本もの映画で恋人役を熱演しました。
1964年には「愛と死をみつめて」で共演。100年にわたる日活映画の歴史で興行成績歴代1位となる空前の大ヒットとなりました。
暴行事件で眼球破裂
1966年、22歳となった浜田光夫さんは俳優として人気絶頂期を迎えていました。
仕事終わりに仕事仲間とクラブで飲んでいると、酔った客が役者仲間に絡みだし空き瓶で襲撃してきました。隣にいた浜田光夫さんの右目にガラスの破片が直撃。病院にいくと眼球が破裂していることが判明。割れたガラス片が浜田光夫の黒目を直撃した時、水晶体にまで到達していたのです。
緊急摘出手術がすすめられましたが、役者として目を残したい浜田光夫さんは眼球縫合手術を選択しました。
手術で視力は取り戻したものの、黒目の縫合部分に白い傷跡が残ってしまいました。傷跡を隠すため浜田光夫さんはサングラスをかけて仕事を再開。しかし、仕事は激減しました。
そんな時、浜田光夫さんの救いとなったのが妻の恭美子さんでした。妻の励ましをうけ浜田光夫さんは4度の手術を受けました。
そして暴行事件から7年、目は完治しました。
「爆報!THEフライデー」
この記事のコメント