三浦真理子の不倫・隠し子騒動・がん闘病…壮絶半生

テレビ朝日の「玉の輿に乗ったのに、その後どん底に落ちた女たち」で三浦真理子さんについて放送されました。三浦真理子(みうらまりこ)さんは20歳の時に青森から単身上京し、叔母が経営する銀座の高級クラブで働いていました。彼女の思い描いた理想の男性は愛よりお金。若くして安定した収入を男に求めていました。そしてお店で30歳も年の離れた総資産14億円という実業家と出会いました。運転手付きの高級車でデート、超一流ホテルでの暮らしに惹かれました。銀行の貸金庫でプロポーズされ1980年に結婚。総資産14億円の社長婦人になりました。結婚後、ほどなく長男が誕生。新居は香港で購入した億ションでした。しかし、三浦真理子さんは新居に一度も足を踏み入れることなく離婚。夫は月の半分以上は家に帰ってこず、生活費は毎月数万円。自由に使えるお金もなく、夫婦の会話は減る一方でした。しかも夫は秘書と浮気をしていました。わずか1年で離婚。話し合いに応じたくなかった三浦真理子さんは慰謝料を放棄。その後夫は秘書と再婚。香港の新居は夫と秘書のものとなりました。

 

生活費を稼ぐため三浦真理子さんは育児をしながら銀座のクラブに復帰しました。そして31歳の時に貯えてきたお金で独立。そしてバブル景気が到来しました。バブルの流れに乗った三浦真理子さんのお店もイケイケムードに。離婚から7年で年商1億円になりました。そして、お店で俳優の三浦洋一(みうらよういち)さんと出会いました。しかしこの恋は決して実ってはいけない禁断の恋でした。当時、三浦洋一さんは前妻と離婚協議の真っ最中。2人は不倫の仲だったのです。しかも三浦真理子さんの妊娠が発覚。籍を入れないまま男の子を出産しました。このことがマスコミにばれ隠し子騒動に発展。バッシングは加熱し収集のつかない状態に。その後、三浦洋一さんは前妻と正式に離婚し、2人は結婚しました。東京に1億5000万円の豪邸を建て幸せを手に入れました。

 

しかし、報道陣のバッシングは勢いを増しました。全盛期はドラマや映画に引っ張りだこだった三浦洋一さんですが、このバッシングで全ての仕事を失い収入ゼロに。さらに三浦真理子さんの銀座の店の従業員たちも去っていきました。夫婦そろって収入はゼロに。幼い2人の子供をかかえ、毎月やってくる自宅のローン返済額は100万円。仕事のあてもなく貯金を切り崩しながらギリギリの生活を余儀なくなれました。そんな無収入生活は2年も続きました。

 

そしてようやく三浦洋一さんに舞台のオファーが来ました。ところが舞台公演2ヶ月前、のどに異変を感じた三浦洋一さん。精密検査の結果、食道がんが発覚しました。しかもがんは既に手のほどこしようがない末期の状態でした。しかも進行性のがんだったため肺への転移も見られました。手術を行っても余命2ヶ月。そんな体で舞台に上がるのは自殺行為でした。それでも三浦洋一さんは手術を受けず舞台に出ることに決めました。体重は20キロも減りましたが、共演者に心配をかけまいと服の中にタオルやガーゼをいれ痩せた体を隠し通しました。そして三浦洋一さんは最後の最後まで共演者に病を打ち明けることなく点滴を打ちながら25日間の舞台を見事やりとげました。

 

そして2000年5月、三浦洋一さんは亡くなりました。しかし悲しみにくれる間もなくさらなる不幸が三浦真理子さんを襲いました。残された三浦真理子さんと子供につきつけられたのは多額の借金でした。三浦洋一さんが建てた豪邸のローン返済金と病気の治療代など、その金額は8000万円にもなりました。借金取りにおわれ、職探しは困難を極めました。どうしようもなくなった三浦真理子さんは自己破産を選択しました。さらに2009年に三浦真理子さんの卵巣がんが発覚。手術は成功しました。現在、三浦真理子さんは実家・青森でレストランで働きながら女手一人で息子を育てあげました。長男は会社員となり三浦真理子さんと一緒に暮らしています。そしてスキャンダルの渦中に生まれた次男は半年前に上京し俳優になる夢を追いかけています。