小林まさひろの終活 末期がんで余命3ヶ月|爆報!THEフライデー

1975年に清水アキラさんらと共に結成されたザ・ハンダース。素人参加型番組「ぎんざNOW!」でMCをつとめ、ものまねアイドルグループとして大人気に。

 

中でも「ありがとうの小林君」の愛称でお茶の間に親しまれたのが小林まさひろさん。1978年にザ・ハンダースを脱退後し俳優に転身。しかし、ヒット作に恵まれず表舞台から姿を消しました。

 

ふぐ料理店をオープン

1978年に小林まさひろさんは美枝さんと結婚。2人の子供を育てるために調理師免許を取得。1985年にふぐ料理店を赤坂にオープンさせました。

 

当時はバブル景気の真っ只中。マスコミにも取材されるほどの人気店となりました。そして2011年4月、自宅の一部を改装して店を移転。地元・横浜の名物料理店として経営を続けていました。

 

大腸がんで余命3ヶ月

しかし、小林まさひろさんに異変が起こったのは2014年春。大腸がんが発覚。末期の状態で余命3ヶ月と告げられました。さらに、がんは肺と腹膜にも転移。もはや手の施しようがない末期の状態でした。

 

大腸がんは手術で切除できたものの、肺と腹膜のがんは手術不可能でした。

 

その後、退院し自宅に戻った小林まさひろさんですが、自分の店に引きこもり全ての人間関係を断ちました。お店を酒を飲みつくし、家族を一切寄せ付けない店での寝泊りが1ヶ月続きました。

 

終活

しかし、ある日「人はどうやって死ぬ準備をするのか?」という思いがこみ上げてきました。小林まさひろさんは、パソコンで検索し終活を始めることにしました。

 

まず小林まさひろさんが取り掛かったのは遺言書の作成。死後のトラブルで最も多いのが遺産相続。家族間での揉め事を防ぐため不動産や資産の分与は遺言書に記す必要があります。

 

そして次に取り掛かったのが葬儀で流す映像制作。最近の葬式ではオリジナル映像を流したり自分の歴史を本にして参列者に配るなど、葬式のセルフプロデュースが流行っています。

 

小林まさひろさんは、生まれてから撮りだめた4000枚以上の写真を葬儀で披露したいと考えていました。監督、脚本、撮影を一人で行い自分を見送るためのDVD制作に励んでいます。

 

2015年4月、小林まさひろさんは3ヶ月に1度行われるがんの定期健診へ。最近は体の調子もよく肺と腹膜への転移の影響もほとんど感じられないと言います。しかし右肺に15個、左肺に10個、腹膜に20個の腫瘍が確認されました。

 

それでも小林まさひろさんは、ふぐ料理店を再開。週5日、店を開き一人で切り盛りしています。小林まさひろさんは今、終活を通して残された人生を必死に生きています。

 

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