今、ついに解明されようとしているアレルギーのメカニズム。きっかけとなったのは私たちの体の制御性T細胞(Tグレ)の発見でした。制御性T細胞はアレルギーを根本からおさえこむ力を持っています。
制御性T細胞(Tレグ)の重要性はアレルギーの人がほとんどいないアーミッシュの調査から明らかになりました。200年以上前、先祖がヨーロッパから移住したアーミッシュは、宗教的な理由から今なお当時の暮らしを徹底して守り続けています。アーミッシュは撮影されることを嫌うため、その暮らしぶりはあまり紹介されてきませんでした。
アーミッシュは基本的に自給自足の生活で、牧畜が盛んで、幼い頃から家畜の面倒をみる習慣があります。アーミッシュは都会で暮らす人に比べ花粉症は20分の1、アトピー性皮膚炎は10分の1と極端に少ないことが分かっています。なぜアーミッシュはアレルギーが少ないのでしょうか?
その謎にせまったのがミュンヘン大学のエリカ・フォン・ムティウス教授。ムティウス博士たちの研究グループは3年前、アーミッシュの村で大規模な調査を行いました。10歳前後の子供たちに聞き取り調査を行い血液を採取。その血液の成分をドイツの研究室で詳しく分析。ムティウス博士はアーミッシュがアレルギーに強い遺伝子を持っているに違いないと考えたのです。しかし、特別な遺伝子は見つかりませんでした。では一体アレルギーが少ない原因は何なのでしょうか?
そこで注目したのは家畜と触れ合う暮らしぶり。それまで別の研究で子供の頃に家畜と触れ合うとアレルギーになりにくいというデータが出ていました。アーミッシュにアレルギーが少ないのも、この生活習慣によるものと判断しました。では家畜と触れ合うと体の中で何が起こるのでしょうか?
ムティウス博士はドイツで家畜との接触が多い農家を訪ね歩き、改めて血液を調べました。すると血液の中の制御性T細胞(Tレグ)が35%も多いことが分かったのです。家畜と触れ合うとアレルギーが少なくなるのは、制御性T細胞(Tレグ)が増えるからだとムティウス博士は結論づけました。実は制御性T細胞(Tレグ)の存在は20年前に確認されていました。発見者は大阪大学教授の坂口志文さんです。
免疫は様々な種類の攻撃細胞がチームプレーで体に入ってきた異物を攻撃する仕組みです。しかし、坂口志文さんはその中に攻撃を止める役割を持つ細胞がいることを発見しました。それが制御性T細胞(Tレグ)です。
そもそもアレルギーは体内に花粉などのアレルギー物質が侵入した場合、害がないにも関わらず攻撃細胞がそれを攻撃し続けることで起こります。ここで重要になるのが制御性T細胞(Tレグ)の働きです。アレルギー物質が体に害がないことを判断し、攻撃を止める指令を出していることが分かりました。つまり、制御性T細胞(Tレグ)がアレルギーになるかどうかの一つの決め手になるのです。
アーミッシュの場合、制御性T細胞(Tレグ)が多いため攻撃する細胞を抑え込め、その結果アレルギーになりにくいのです。一方、制御性T細胞(Tレグ)が少ない都会で暮らす人は攻撃細胞を抑え込めないためアレルギーになりやすいと考えられます。制御性T細胞(Tレグ)の存在と役割が明らかになったことでアレルギーの治療が飛躍的に進む可能性が出てきました。
まだアレルギーになっていない子供の予防について
オハイオ州に暮らすクロザさん一家は父親がピーナッツと大豆のアレルギーに悩まされてきました。娘たちをアレルギーにしたくないと母ジェニファーさんは妊娠して以来、授乳や離乳食にいたるまで徹底的にピーナッツと大豆を避けてきました。
しかし、娘のエヴァは大豆、卵、牛乳、ピーナツのアレルギーがあり、グレースは卵とピーナツのアレルギーがあります。アレルギー食品を避けた効果は全くなく、娘たちは父親以上にひどいアレルギーに苦しんでいるのです。
クロザさん一家は2000年にアメリカ小児科学会が出した指針をもとに指導を受けアレルギー食品を避けてきました。指針には「子供をアレルギーにしないために妊娠中、授乳中の母親はアレルギー食品を避けること」「乳製品を与えるのは1歳以降、卵は2歳以降、ナッツや魚は3歳以降」と書かれていました。しかし、指針にそった指導に効果はありませんでした。
その後も食物アレルギーは増え続けたためアメリカ小児科学会は2008年に指針を改訂しました。「アレルギー食品を避けることでアレルギーを予防できる証拠はない」という内容です。しかし、具体的にどうすれば予防に繋がるかは示されませんでした。そのため子供を持つ親だけでなく医師の間でも混乱が続いてきました。
こうした中2015年2月、アメリカのアレルギー学会で衝撃的な研究結果が発表されました。それは子供のピーナツアレルギーを未然に防ぐには、あえてピーナツを食べた方が良いというものでした。発表したのはロンドン大学教授のギデオン・ラックさん。
ラック博士が行った研究には600人以上の生後6ヶ月~11ヶ月の赤ちゃんが参加。まず赤ちゃんたちを2つのグループに分け半数には医師の指導のもと、ごくわずかずつピーナツを食べ続けてもらいました。もう半数にはピーナツを徹底的に避けてもらいました。
4年後、5歳の時点でのピーナツアレルギーの発症率を調べました。すると、ピーナツを避けた赤ちゃんは17.3%がアレルギーを発症してしまいました。一方、ピーナツを食べ続けた赤ちゃんのピーナツアレルギー発症率は3.2%でした。ピーナツを食べた方がアレルギーの発症が抑えられたのです。
ラック博士はピーナツなどアレルギー食品を食べると制御性T細胞(Tレグ)が増えるのではないかと考えています。その根拠となるのがマウスを使った実験です。
生後間もないネズミにアレルギー食品を食べさせたところ、食べなかったネズミに比べて大幅に制御性T細胞(Tレグ)が増えることが分かったのです。体の中で何が起こっているのでしょうか?
食べたピーナツは腸で吸収されます。ピーナツが入ってくると攻撃細胞は異物だと認識し攻撃しようとします。すると制御性T細胞(Tレグ)が作られその攻撃を抑え込みます。しかもそれはピーナツへの攻撃だけを抑えこむ専門の制御性T細胞(Tレグ)でした。
生後間もなく卵を食べれば卵への攻撃を抑え込む制御性T細胞(Tレグ)が作られ、小麦を食べれば小麦への攻撃を抑え込む制御性T細胞(Tレグ)が作られるという結果が動物実験では得られたのです。人でも同じように制御性T細胞(Tレグ)が増えるのか、さらなる研究が進められています。
アレルギーの意外な原因
アレルギーでなかった人がアレルギーになるきっかけは何なのでしょうか?
イギリスに住むポール・ジョーンズさんは重度のピーナツアレルギーです。アレルギーになったのは3歳の頃、きっかけはスキンクリームに含まれているピーナツオイルでした。当時、ピーナツアレルギーを発症した49人を追跡調査したところ、91%が赤ちゃんの頃にピーナツオイル入りのスキンクリームを使っていたことが分かったのです。ピーナツを食べることはむしろアレルギーの予防になる可能性があるのに、なぜ皮膚から入るとアレルギーになってしまうのでしょうか?
皮膚に傷ができて、そこから少々異物が入っても傷はすぐにふさがるため問題ありません。しかし、湿疹や肌荒れで皮膚のバリアが壊れっぱなしになると問題が起こります。皮膚の下にいる免疫細胞がいつ外敵が侵入してきてもいいように臨戦態勢に入り、外敵をとらえようと腕を伸ばして備えます。免疫細胞は皮膚についた異物をつかまえて内部へ引っ張り込みます。そして、異物を攻撃するよう攻撃細胞に伝えて回るのです。これが何度も繰り返されると攻撃細胞はどんどん攻撃的になり、ついには制御性T細胞(Tレグ)の抑え込む能力を超えアレルギーを発症してしまうと考えられています。
炎症などで皮膚のバリアが壊れた場所から食べ物のたんぱく質が侵入してしまうと、体はこれを寄生虫のような外敵と勘違いしてしまいます。それを拒否しようとしてアレルギーを発症してしまうのです。
完治への挑戦
舌下免疫療法は少しずつ花粉を体内に入れることで激しいアレルギー反応を抑えつつ、花粉専門の制御性T細胞(Tレグ)を増やす治療法です。しかし、この方法では入れる花粉の量が少ないため治療期間が長く体質によっては制御性T細胞(Tレグ)がうまく増えない人もいることが分かってきました。
もっと大量に、しかし安全に花粉を体内に取り入れ制御性T細胞(Tレグ)を効率よく増やす方法はないのか。それを可能にする新たな治療の試験が始まっています。それは毎日1食、特別なお米を食べるというもの。お米が作られているのは、つくば市にある農業生物資源研究所。花粉の成分を大量に含んだお米です。
アレルギーを引き起こすのは花粉の中のたんぱく質。そのたんぱく質を最新技術で操作して作ったものです。お米を使った治療はこれまで約50人が参加し臨床試験が行われました。2ヶ月間お米を食べた結果、制御性T細胞(Tレグ)が増え花粉の攻撃細胞の働きが抑えられたと思われる結果が得られました。
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