カメは静かでおとなしい生き物だと思われていますが、全てのカメがそうだとは限りません。素早い動きをみせるものもいれば凶暴なものもいます。繁殖期になるとメスを巡ってオス同士が激しく争う種もいます。広大な海を旅するものもいれば、200年以上生きるものもいます。
一斉に産卵
ヒメウミガメは、産卵のため中米コスタリカの浜辺に集まってきます。海に生息するカメも陸に生息するカメも、生涯のほとんどを群れを作らずに過ごします。互いにコミュニケーションをとることも一緒にモノを食べることもありません。繁殖のためのペアも一緒にいるのは交尾をする時だけです。
群れを作らずに生きるカメが、なぜ産卵の時だけ同じ場所に同じタイミングで集まるのでしょうか?
これは極めて不思議な現象です。カメが自分の産まれた場所に戻って産卵するのは本能的なものだと考えられています。身体のどこかに産まれた場所が記録されているのでしょう。
しかし、なぜ同じ日に戻ってくるのかは分かっていません。全てのカメが同じ日に受精したとも考えられません。ヒメウミガメの産卵は年に2~3回。8月から11月までの間に行われます。
新月の10日前になるとメスが大挙して浜にあがってきます。無事に産卵が終わると40~50日後に子ガメが一斉に砂から出てきます。その数は最大で1000万匹。卵や孵化した子ガメが、コンドルやカモメに狙われても食べつくされる心配はありません。
カメが産卵のために集合する場所は、コスタリカやインドなど世界に数か所しかありません。卵の数も孵化する子ガメの数も膨大ですが、生き残るのはごくわずかです。孵化した子ガメのうち海に到達できるのは半分。このうち生き延びて子孫を残すことができるものはほとんどいません。
非常に効率が悪いように思えますが、1匹のメスが生涯に産む数千匹のうち2匹が生き残れば統計学的にはオスとメスが1匹ずつとなります。つまり、生息数は横ばいで安定した状態を保つのです。
孵化した子ガメがほとんど生き残らないというのは極めて過酷な現象ですが、それが自然の摂理なのです。
地上に出るまで半年間!
川や池に生息するイシガメは、水辺の地表近くに産卵巣を掘って10個以下の卵を産みます。上にかぶさった砂にどれだけ日が当たるかによって産卵巣の温度が変わります。それが産まれてくる赤ちゃんの性別に影響を与えます。
もし浅いところに埋まっていて周りの温度が高ければメスが、逆に周りの温度が低ければオスが産まれやすくなります。そうして天候の影響は受けるものの、オスとメスのバランスはおおむね保たれるのです。
チチュウカイイシガメは、北アフリカや南ヨーロッパなど地中海沿岸地域に生息しています。産卵は夏で、2ヶ月後に孵化します。雨が降れば秋に子ガメが地上に出てきますが雨が少なければ春になるまで半年間、土の下で待ち続けることもあります。
アマゾンの忍者マタマタ
アマゾン川の流域には独特の進化をとげたカメが生息しています。マタマタは、優れた擬態の能力に加え非常にゆっくりと動くことが出来ます。そのため獲物に気づかれることなく忍者のように忍び寄ることが可能です。
魚は側線と呼ばれる感覚器官で水の振動をとらえ敵の接近を察知します。しかし、マタマタのゆっくりした動きとデコボコした外見では木の葉か流木のようにしか見えません。これなら用心深い魚をも欺くことができます。甲羅には藻までついています。さらに、目が皮膚の色にとけこみ、カムフラージュされているため目の動きによって獲物に勘付かれる心配もありません。
最大の武器が口です。大きな口が掃除機のような働きをします。狩りをする時は、それまでのゆっくりとした動きが嘘のような瞬発力を見せます。口を猛烈なスピードで開け、全てを口の中へ引っ張り込む水の流れを作り出します。獲物は口の中へ引き込まれひとたまりもありません。
鋭敏な感覚
カメの嗅覚は非常に優れていて何を食べるかの判断は主に嗅覚に従います。味覚も敏感で食べ物が有害かどうかをたちどころに見分けます。
未知の植物には毒が含まれている可能性があるため、うかつに食べると命を落としかねません。そこでカメは最初に一口だけ齧って食べても大丈夫なものかどうかを分析するのです。陸生のカメは植物の葉や花、果実などを食べます。肉は滅多に食べません。
口の中にワナが!
一方、水生のカメはほとんどが肉食です。たいていは魚を主食としていますが、大型の種では水鳥を食べるものさえいます。
ワニガメは淡水に生息するカメとしては世界最大級です。アメリカ・ミシシッピ川流域の深い水の底に生息しています。ワニガメは大きいもので体長は1m、体重は100kg以上にもなります。カモなどの水鳥や小型のワニ、ほかの種類のカメを襲って食べることもあります。強力なアゴで堅い甲羅もかみ砕いてしまうのです。
しかし、若いうちは魚を好みます。魚は動きが素早いので、捕まえるためには不意をつくかワナを仕掛けるしかありません。ワニガメは罠をしかけます。疑似餌を用意するのです。
空腹になると口を限界まで大きく開け、口の奥にある特殊な部位を動かします。この部位は舌が変化したもので、生き物のように動かすことができます。その様子は魚が好む食べ物にそっくりです。ワニガメはとても辛抱強い動物です。同じポーズのまま獲物が疑似餌に引き寄せられるのをじっと待ち続けます。
ひっくり返した方が勝ち
のんびりとした平和主義者というカメのイメージは、必ずしも正しいとは言えません。鋭い牙や爪、毒などがないカメでも時には驚くほど攻撃的な存在になります。
ケヅメリクガメはアフリカ大陸で最大のカメです。ケヅメリクガメにとって最大の脅威は別のケヅメリクガメです。オスは糞のニオイで互いの縄張りを示し、無駄な争いが起きないよう普段は距離を保っています。このため、オス同士が出くわす時は偶然ではありません。どちらかが自発的に相手を挑発しているのです。
交尾の時期にはカメも凶暴になります。縄張りに別のオスが姿を現せば戦いは避けられません。挑戦者は最初の一撃で相手の強さをおしはかります。両者の力が同じ程度なら戦いは激しいものになります。
勝負の決め手は相手の体をひっくり返すこと。一度ひっくり返ればほとんどの場合、起き上がれずに死んでしまいます。ひっくり返ると肺が他の臓器の重みで圧迫され呼吸が困難になります。さらに、アフリカの強い日差しが腹の部分に容赦なく照り付けます。1時間以内に起き上がることが出来なければ死んでしまいます。
甲羅が絶滅から救った!?
カメの甲羅は防御用の盾になるだけではありません。ソーラーパネルのような役割もはたしています。カメのようなは虫類は生命に関わる代謝機能を維持するため血液や臓器の温度を上げる必要があります。そのため日光浴は食事よりも大事な作業です。日光浴をしなければ食事を摂っても食べたものを消化することができないでしょう。
光沢のある甲羅は太陽の熱を効率的に吸収します。同じ爬虫類である恐竜が小惑星の衝突で滅びた時も、カメは日光を最大限に吸収することで生き延びることができたのかもしれません。
メスを求めて
交尾には体勢を保つためのバランス力や柔軟性が必要です。しかし、カメの大きくて硬い甲羅はその妨げとなります。そのためカメにとっての交尾は、非常に面倒な作業になっています。
また、重い甲羅を背負っていると移動にも時間がかかり、交尾の相手を見つけるのに数週間~数か月かかってしまうこともあります。そのためオスはほぼ一年中チャンスさえあれば発情してメスと交尾することが可能です。これは人間以外の動物では非常に珍しいケースです。発情すると体力を消耗しストレスもたまるため、ほとんどの動物では発情期が限られているのです。
交尾の相手を見つけにくいもう一つの要因は、カメの目の見え方にあります。視力は良いものの目線が低く、植物が生い茂る地面の近くしか見えないため、周囲を見回しても同じ種をなかなか見つけられないのです。
アフリカに生息するヒョウモンガメは平地に暮らしています。重い甲羅を背負って移動するには起伏のすくない土地の方が都合が良いからです。しかし、草が鬱蒼と生い茂る平地では辺りを見回す高台もないため交尾の相手を見つけるのがますます困難になります。カメは交尾において不利な状況にあるのです。
そのため繁殖期のメスに出会うことができたオスは交尾するまで決して諦めません。片時も離れずメスの後を追い回します。
ほぼ一年中繁殖可能なオスとは異なり、メスには産卵できない期間があります。しかしメスにはオスの精子を体内に蓄え、その後数年にわたって受精させる能力があるのです。
安全な水の中へ
爬虫類は魚類が水中から陸に上がって進化した種ですが、全てのワニとカメの半数は再び水中に戻ってきました。その進化の過程で、いくつかの適応と形態の変化が起きました。泳ぐのに適した足の水かきや平たい甲羅などです。
息継ぎなして1時間近く水中に留まることができるものもいます。季節による温度変化が大きい地域にいるカメは、数か月に渡って何も食べずにじっと動かないでいることもできます。その間は肛門の近くにある毛細血管を利用して水中から酸素を摂取します。
海に生息するカメは7種います。約1億5000万年前に海に戻り、海の環境に完全に適用するようになりました。海の中では海藻やクラゲなどを食べています。ウミガメの中には広大な海洋を周期的に回遊するものもいます。
カメは長い時間をかけて生息場所を変え、そこに適用してきました。陸に住む動物として進化したものの一部が川や海など水の世界に戻っていたのです。しかし、カメは約3億年前から現代まで体の基本的な構造である甲羅を失うことはありませんでした。それは生物の進化上、実に稀なことなのです。そして、この特徴があるからこそカメは現代まで生き続けることが出来たのです。
LITTLE MATTERS:TURTLES
(スペイン 2015年)
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