子どもの未来を救え ~貧困の連鎖を断ち切るため~|NHKスペシャル

今、経済的困窮に子どものいる世帯の生活が脅かされています。国が発表している日本の子供の相対的貧困率は次第に悪化し、先進国の中でも高い水準です。国は、子供の6人に1人がOECDが基準とする貧困ラインを下回る暮らしだとしています。その実態は家庭という閉ざされた環境の中で見えにくく、ほとんど把握されてきませんでした。

 

事態を重く見た国は2014年8月に子どもの貧困対策に関する大綱を閣議決定。教育の支援や親への就労支援などの施策を打ち出しました。特に親から子への貧困の世代間連鎖の解消を目指すとしました。

 

山梨県・南アルプス市にあるNPO法人フードバンク山梨には、連日行政や社会福祉協議会の担当者から食糧支援の依頼が寄せられています。連絡を受けると企業や農家などから寄贈された食品を生活に困窮する家庭に無償で届ける活動をしています。これまでに食料支援を行った家庭は1000世帯以上。当初、支援の対象は高齢者や単身の男性が中心となっていましたが、今は子供のいる世帯が増え全体の半数近くを占めています。子供のいる家庭に今何が起きているのでしょうか?

 

食糧支援を受けている44歳の澤村さん(仮名)は、一人で4人の子供を育てています。澤村さんは3年前に離婚し、パートの仕事で得る月10万円と児童扶養手当など8万円で生計を立てています。家賃や光熱費などの必要経費を差し引くと、家族5人の食費は月に4万円ほど。月によって働く時間が短くなることもあり、収入が減ると食費を切り詰めざるおえないと言います。

 

食費に月2万円ほどしかあてられない月は野菜や肉類はほとんど買えず、米や麺などが中心になると言います。母親が働いている間、兄弟の世話や家事を担うのは17歳の長男・武史さん(仮名)です。武史さんは中学の頃から不登校に。経済的な理由から友達と同じことが出来ず孤立しがちだったと言います。もう一度やり直したいと思った武史さんは、母子世帯向けの貸付金を利用して高校に進学。しかし、周囲に馴染めず人と関わることに自信が持てなくなっていきました。高校に通えなくなり中退し家に閉じこもるようになりました。

 

なぜ子供のいる家庭に困窮が広がっているのか、NPOは大学と共同で実態調査にのりだしました。対象はNPOの食糧支援を受けてきた子供のいる家庭270世帯です。調査を進めるうちに特に母子家庭の子供たちが厳しい状況に置かれていることが分かってきました。

 

42歳の倉田さん(仮名)は、幼い子供2人を育てるシングルマザーです。派遣社員として働く倉田さんの月収は約8万円。児童扶養手当などの7万円と合わせて生活しています。

 

食糧支援を受けてきた子供のいる家庭270世帯の調査で、世帯主の多くが非正規雇用で平均年収は187万円でした。一人当たりの1日の食費は329円と全国平均の半分。2割の家庭は200円未満でした。さらに、経済的な理由から子供たちの様々な機会が奪われている実態も分かってきました。「塾や習い事に行かせられない」「遊びに連れて行けない」と答えた親は全体の4割。また「十分な医療を受けさせられない」という親は2割いました。そして、「貧困が子供の健康や精神状態に影響を与えている」と答えた親は全体の6割を占めました。

 

子供の心と体にも深刻な影響を与える貧困の背景にあるのが、一人親世帯の経済的困窮です。日本の一人親世帯の貧困率は、2012年の時点で54.6%。特に母子家庭は年々増え続け、いまや124万世帯に。そのうち8割が働いていますが、困窮した暮らしから抜け出しにくいという指摘もあります。

 

周囲の目からは見えにくいと言われる女性や子供の貧困。心身に不調をきたし病院に運びこまれて経済的困窮が明らかになるケースが増えています。杏林大学医学部付属病院に運びこまれた23歳の女性は非正規雇用で働いてきましたが3ヶ月前に失業。今後も仕事が見つからないのではないかという不安にかられ大量の風邪薬を飲み意識を失ったと言います。

 

衰弱して倒れたという20代の女性も搬送されてきました。彼女は2人の子供を持つ母親。厳しい生活の中で子供を抱え追い詰められ、重い肺炎をおこしていました。患者の生活や経済面の相談にのっている加藤雅江さんは、貧困が周囲から見えないことで事態が深刻化するケースが増えていると感じています。

 

生活が困窮していても支援があることさえ知らない女性も多いと言います。妊娠7ヶ月の理加さん(仮名)は、住んでいる自治体では妊婦健診に補助があることを知らず、費用が払えないと思い病院に来ることを躊躇していました。両親ともに収入の不安定な仕事で、子供の頃から生活は楽ではなかった理加さんは、定時制高校を中退し建設現場で働いていました。職場で出会った男性との間に子供をもうけましたが男性は仕事を失いました。子供は一人で育てなければならないと考えています。

 

理加さんには2人の幼い妹がいます。親には迷惑をかけられないと高校中退後は自活してきました。このままでは産まれてくる子供にも不自由な生活をさせてしまうと感じています。

 

32歳の山本さん(仮名)は、シングルマザーです。妊娠してからもホテルでのアルバイトで生計を立てていた山本さんは、5万7000円の家賃が大きな負担だったため公営住宅に入れないか行政の窓口に相談しました。しかし、応募期間ではないことを理由に断られました。年金で暮らす高齢の両親には頼れず出産直前まで仕事を続けました。

 

貯金が20万円ほどにまで減った今年10月、福祉事務所に相談しました。職員からはハローワークで仕事を探すことを勧められましたが、山本さんが子供を預けて働ける仕事は見つかりませんでした。先月、もう一度福祉事務所に窮状を訴えた山本さんは生活保護を受けることになりました。

 

足立区では全職員を対象にした研修を実施し、どの窓口でも訪れた人が困窮していると判断すれば福祉の担当者に報告することを義務付けました。さらに、困窮者への支援をきめ細かく行うためにNPOとの連携も始めました。

 

病気の母親を支えながら働いていた30代の女性は、体調を崩し仕事を失いました。NPOは女性が抱える問題を細かく聞き取り計画書を作成。医療機関と連携しながらの就労支援など長期的なサポートを行っていくことになりました。

 

発達に心配のある子供たちを預かる札幌市の社会福祉法人・麦の子会。子供たちの親の中には経済的に行き詰ったシングルマザーも多く、生活を立て直すために約60人を雇用しサポートしています。ここでの支援によって生活の困窮から抜け出しつつあるのが40歳の島田希さんです。

 

島田さんは9年前に離婚しましたが、専業主婦だったため仕事も見つからず生活は一気に苦しくなったと言います。8年前、長女を通わせていたことがきっかけで支援を受けることになりました。貯金も底をついた島田さんが最初に受けたのは経済面の支援でした。幼い2人の子供を抱え働きに出ることが難しかった島田さんは、社会福祉法人のスタッフの助けで生活保護を受給することが出来ました。

 

しかし、先の見えない生活への不安からことあるごとに子供たちにきつく当たっていました。母親の精神的な不安定さは子供たちにも影響を及ぼしました。中学3年生の次女かれんさんは4年前から不登校に。島田さん親子の様子を心配したスタッフは、グループカウンセリングへの参加をすすめました。同じ境遇の女性同士が不安を打ち明けあうことで、島田さんの気持ちが安定すると考えたのです。島田さんも徐々に苦しい胸のうちを語れるようになっていきました。

 

そして、就労支援も始まっています。社会福祉法人が運営するカフェで接客などのトレーニングを受け、週に5日働けるように。月に12万円の収入を得るようになったことで生活保護の受給額は半分以下に減りました。

 

経済面や精神面のケア、就労支援など一貫したサポートを受ける中で島田さん親子の生活は少しずつ安定していきました。かれんさんも2ヶ月前から学校に少しずつ通えるようになり、今は高校への進学を目指しています。

 

貧困の親から子への連鎖を断ち切るために、教育現場の模索も始まっています。学校以外の人たちの力を借りて、子供たちに安定した進路を選択させようという取り組みです。

 

東京都立青井高校では、経済的に厳しい家庭に育つ生徒も少なくありません。中退する生徒の割合は都立高校の中でも高く毎年約30人。進路が決まらないまま学校を離れてしまう生徒も多いことが長年の課題でした。

 

高校では去年からNPO法人キッズドアと連携し、塾に通えない生徒などを対象に無料の補習講座を始めました。参加しているのは約30人。学習への意欲を引き出し、中退の防止だけでなく進学にも繋げたいとしています。さらに、経済的な理由で進学を諦めざるおえない生徒が安定した仕事に就けるよう就職支援も強化しています。高校からの委託を受けて進路相談を行うのはNPO法人のスタッフ五十嵐裕紀さんです。不登校やひきこもりなど若者の自立支援の専門家です。教師には打ち明けにくいという子供たちの相談にのり適切な進路に導いています。

 

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