伊藤咲子の9年の闘病生活&離婚&城みちるとの破局の真相

テレビ朝日の「玉の輿に乗ったのに、その後どん底に落ちた女たち」で伊藤咲子さんについて放送されました。伊藤咲子(いとうさきこ)さんは1958年、東京目黒で生まれました。13歳の時、伝説のオーディション番組「スター誕生」に応募。数千人という応募者の中を勝ちあがり見事デビューを果たしました。そして1974年「ひまわり娘」でデビュー。出す曲、出す曲が次々ヒットを生み出しトップアイドルへとのぼりつめました。しかし18歳の時、当時では考えられない交際宣言をしてしまいました。しかも相手は「イルカにのった少年」が50万枚の大ヒットとなった美少年アイドル城みちる(じょうみちる)さん。当時のアイドルにとって恋愛はタブーで、アイドルの恋人はファンというのが芸能界の常識でした。伊藤咲子さんはこれにより芸能界の厳しい洗礼を受けることに。マスコミの執拗な取材に、城みちるの親衛隊による嫌がらせ、その風当たりは想像以上のものでした。もともと父との約束で3年という期限付きで芸能界デビューをした城みちるさんは父との約束を果たすため地元・広島に帰ると言い出しました。東京と広島、遠く離れてしまった2人は4年の交際に幕を下ろしました。伊藤咲子さんは恋人より歌をとったのです。城みちるさんと別れてまで残った芸能界。城みちるさんに恥ずかしくない仕事をしなければと目に見えないプレッシャーを感じていました。さらに城みちるさんとの交際宣言から伊藤咲子さんの人気にも陰りが出ていました。

 

ある日、伊藤咲子さんは友人に誘われてゴルフコンペに参加。集まっていたのは会社経営者ばかり。ここで伊藤咲子さんは11歳年上の実業家に惹かれました。彼の家は資産家で都心に大きな家を所有。彼自身もいくつもの飲食店を経営するなど数々の事業で成功をおさめていました。2人は2年の交際ののち結婚。100坪を超える豪華な家に彼と2人きり。アイドルに何の未練も抱くことなく伊藤咲子さんは芸能界を引退しました。そして都内にクラブをオープン。飲食店を何軒も経営する夫のサポートもあり店は大繁盛。何一つ不自由ない結婚生活に見えました。結婚生活4年目、幸せな日々が続いていましたが子供はいませんでした。そんなある日、営業中に倒れた伊藤咲子さん。医師から言われた病名は子宮筋腫と子宮内膜症の併発でした。彼女の場合、筋腫があまりにも大きくなりすぎていたため子宮を全摘出する以外方法がありませんでした。それでも子供が欲しかった伊藤咲子さんは手術を拒み薬を飲んで激痛を耐える日々をすごしました。しかし病は夫婦の関係も蝕んでいきました。34歳の病気発覚から43歳まで、闘病生活は9年にも及びました。そしてついに手術を受け無事に成功しました。手術を機にお店も閉店し芸能活動を再開させました。しかし夫婦の溝は回復できない状態になっていました。そして2007年に離婚。それでも2010年1月に再婚した伊藤咲子さん。相手は2人の娘がいるシングルファザーでした。今は彼女が長年願い続けてきた歌と家族に囲まれ幸せに暮らしています。