丸岡いずみ代理母出産で男児誕生|ミヤネ屋

今日発売の「婦人公論 2018年 2/13号」でフリーアナウンサーの丸岡いずみ(まるおかいずみ)さんが代理母出産によって赤ちゃんを授かった事実を明かしました。どうしても子供が欲しかったという強い想いの裏には5年にわたる不妊治療と2度の流産がありました。いくつもの苦難を乗り越え夫婦で下した代理母出産という決断でした。

 

約10年前、当時日本テレビの記者だった丸岡いずみさんと宮根さんの絶妙な掛け合いで人気に。その華憐な姿からいつしか「奇跡の38歳」と呼ばれ大ブレイク。その後、ニュースキャスターに抜擢され順調にキャリアを積み重ねていきました。しかし、2011年にうつ病を発症してしまいました。丸岡いずみさんは東日本大震災の取材をきっかけに異変が起きたと言います。そんな極限状態の丸岡いずみさんを救ったのは当時交際していた有村昆(ありむらこん)さんの言葉でした。

うつを乗り越えようと思わなくていい。うつ病はいずみの個性の一つ。

有村昆さん

そして2012年に2人は結婚しました。間もなく丸岡いずみは妊娠しましたが、10週目で流産してしまいました。その後、丸岡いずみは41歳という自身の年齢を考慮し体外受精による不妊治療を開始しました。すると半年後、妊娠しました。しかし、またも流産してしまいました。

いずみのお気持ちを考えるともうダメだよ。

有村昆さん

心身ともに大きなダメージを受けた二人ですが、それでも先の見えない治療を続けました。もはやその精神は限界に達していました。しかし、そこに一筋の光が。それは海外での代理母出産です。

自分で産まないことを人はどう思うのだろう。この選択は理解を得られるものなのか。

丸岡いずみさん

一抹の不安が脳裏を横切りましたが、それ以上に大きかった「我が子を抱きたい」という想い。こうして代理母出産に向けて動き出した丸岡いずみさん夫婦でしたが、大きな壁がありました。

 

ミヤネ屋 独占インタビュー

なぜ「婦人公論」で公表しようと思われたんですか?

以前、うつ病の取材をしていただいた時に記者の方が真摯にきっちりと取材してくださって私の気持ちをまとめてくださったことが印象に残っていたので、個人的な意見なんですけど信頼できる媒体さんだなという想いがあってお願いしました。

丸岡いずみさん

あえて公表しようと思われたんですか?

メディアに出させていただくお仕事をしている以上は公表しないで隠してこれからの生活を続けていくのは不可能に近いなという想いもありましたし、自分はこういう結果になりましたけど、このあと続くみなさんの思いも多少は背負って生きていくのが筋だろうなと思いました。

丸岡いずみさん

二度流産された時にすぐに代理母出産という発想にはならなかったそうですね?

最初は色々調べて卵には問題がなさそうだということだったので、どちらかというと子宮の内膜に問題があるということが分かってきましたので、自分の子宮の内膜を治してから妊娠しようと思いまして、そこからの治療が大変でした。

薬を使ってずっとやってたわけなんですけど、それがなかなかうまくいかなくて。年齢との闘いもありますし、正直費用もどんどん重なって。二つの壁ですごいジレンマを抱えていたのは確かです。

丸岡いずみさん

代理母出産という選択はどちらから?

丸岡の方から提案されました。当初、2回流産して3回目っていうのは、もう体がボロボロでしたので、これはやめようと。僕は養子をとることも考えたんですね。彼女の方がネットで情報を入れたら代理母出産というのがあるよと。日本では当然できないですから、ロシアまで行ってしまったんですけど、彼女の熱意が代理母出産という提案からうちの両親にも相談して赤ちゃんを授かることにまで至ったという。

有村昆さん

代理母出産の一番の先進国はアメリカですが、アメリカのエージェントと連絡したものの代理母が見つからず、ロシアで代理母が見つかったためロシアに行ったそうです。

賛否を覚悟の上で公表されたということですよね?

そうですね。もちろん非難のお声は真摯に受け止めたいなと思っております。

丸岡いずみさん

赤ちゃんは目元は丸岡さん似で、他は有村さん似だそうです。




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