シリーズ人体 第2集「驚きのパワー!脂肪と筋肉が命を守る」|NHKスペシャル

ただの脂身に思える脂肪が、全身に情報を伝える特別な物質を出していることが分かってきました。それが、脳に働きかけて欲望を操ったり、体を守る免疫の働きを左右したりしているというのです。

筋肉もまた情報を伝える物質を出し、がんの増殖を抑えたり、記憶力をアップさせたりするという意外な働きが注目されています。

ところが現代、私たちの体では脂肪や筋肉の情報のやり取りに破綻が起き始めていることも分かってきました。

脂肪が脳を操る!「止まらない食欲」の謎

アメリカ・コネチカット州に住むジュリアン・フェルトンくん(1歳)は生まれつき体に全く脂肪がありません。脂肪委縮症という難病です。

普段は健康な子供も変わらない様子のジュリアンくんですが、食事の時になると症状があらわれます。すさまじい食欲があるのです。ジュリアンくんのとめどない食欲の原因は、体に脂肪がないことだと言います。

そもそも私たちの皮下脂肪や内臓脂肪は、ただ脂の塊がこびりついているのではありません。脂肪細胞の塊です。ジュリアンくんは脂肪細胞を持っていません。そのため、食事でとった糖分や油は蓄えられることなく常に血液中を漂っています。欲しがるままに食べると血糖値は基準値の1.5倍に、血液中の脂は基準値の20倍以上に。

これまで脂肪委縮症の人は食欲を抑える手立てがなく、重い糖尿病や心臓病を引き起こし30年程の命と言われてきました。それにしても、なぜ脂肪細胞がないと食べても食べても満足できないのでしょうか?

原因を突き止めたのは、ロックフェラー大学教授のジェフリー・フリードマンさんです。脂肪細胞が食欲を抑える物質を出していることを発見し世界を驚かせました。その物質の名はレプチン。レプチンというメッセージ物質は、驚くような仕組みで食欲をコントロールしています。

神秘の体内ネットワーク

食べたものに含まれていた糖分や脂は、脂肪細胞の中の大きな袋にため込まれていきます。レプチンは脂肪細胞からのメッセージを伝える働きをします。そのメッセージとは「エネルギーは十分だよ」というもの。

レプチンは溜まった脂が増えるにつれ、脂肪細胞の外へ押し出されるようにして放出されます。そして血流にのって運ばれていきます。レプチンは脳へ。辿り着く先は本能的な欲望をつかさどる視床下部です。視床下部には無数の神経細胞が張り巡らされています。そして、レプチンが目指すのは神経細胞の表面。そこにはレプチンだけを受け取る特別な装置があります。

レプチンからのメッセージを脳が受け取ると「もう食べなくていい」と食欲が収まります。脂肪細胞が出す小さな物質が、日々私たちの食欲を密かに操っていたのです。

がん、うつ、記憶力に効く!?筋肉のスーパーパワー

人間の体には400種類もの筋肉があります。筋肉の細胞は長いものでは10cm以上もあります。トレーニングをすると、この細胞が成長し太くなっていくのです。最新の研究によって筋肉の細胞もまた様々なメッセージ物質を発していることが分かってきました。

ミオスタチンは、筋肉の細胞から初めて発見されたメッセージ物質です。ミオスタチンは筋肉の細胞から周囲に向けて放出され、周りの細胞に「もう成長するな」というメッセージを伝えます。

なぜかというと、筋肉がありすぎるとどんどんエネルギーを浪費してしまうからです。そのため、筋肉はメッセージ物質を使ってエネルギーの浪費を抑えているのです。

これをきっかけに、筋肉が出すメッセージ物質に関する発見が相次いでいます。筋肉が出すメッセージ物質ががんの増殖を抑えるうつの症状を改善する効果があるなど意外な発見の連続です。

中でも驚くのが、筋肉の働きで記憶力が高まる可能性があるという研究成果です。運動をした時に筋肉の細胞から出ると考えられるカテプシンBというメッセージ物質。4か月間、体内のカテプシンBの量を測定し、その変化が記憶力テストの成績とどう関係するか調べました。すると、バラつきはあるものの4か月の間に運動などで血液中のカテプシンBの量が増えた人ほど記憶力テストの成績が向上したというのです。

研究チームは、カテプシンBが記憶を司る海馬の神経細胞を増やす働きをした可能性があると考えています。

解明!あなたがダイエットに失敗する本当の理由

食欲に任せて食べたいだけ食べていると、体の中で何が起きるのでしょうか?

脂肪細胞は食べ過ぎて余った糖分や脂を蓄えて、どんどん大きくなっていきます。それに伴って血液中のレプチンの量も増えていくことが分かっています。なのになぜ食べ過ぎてしまうのでしょうか?

肥満の人の脳の血管の中では、血液中にあふれた脂が大量に漂っています。なんと、その脂が邪魔をしてレプチンが血管の外へ出ていくことができないのです。どんなにレプチンがあっても、脳の中に入っていきにくくなっていると考えられるのです。

さらに、何とかレプチンが脳へたどり着けたとしてもレプチンをキャッチする神経細胞が鈍くなり大切なメッセージに反応できなくなっているとも言われています。

最新科学で迫るメタボの本当の怖さ

レプチンが効かなくなり食欲がコントロールできなくなって陥るのはメタボリックシンドローム。メタボはメッセージ物質の異常をもたらし、命に関わる病気を次々に引き起こすのです。

ブレンダ・オテイさんはメタボと診断された後、心筋梗塞を発症。たて続けに3回も発作を起こし生死の境をさまよいました。今、ブレンダさんは心筋梗塞だけでなく脳梗塞、糖尿病、腎臓病、高血圧と5つもの病気を引き起こす恐れがあると宣告されています。予防のため毎日15種類も薬を飲み続けています。なぜメタボリックシンドロームになると多くの病気を招いてしまうのでしょうか?

肥満の人とそうでない人を詳しく調べたところ、肥満の人の脂肪細胞からはあるメッセージ物質が異常に放出されていることが分かりました。

メタボの人の内臓脂肪の中では、脂肪細胞が脂の粒を細菌などの敵と勘違いして「敵がいるぞ」というメッセージ物質を放出してしまいます。メッセージ物質は全身へ。それを受け取るのは免疫細胞です。警告メッセージを受けて免疫細胞は活性化し戦闘モードに。さらに免疫細胞は次々に分裂し、自分自身も「敵がいるぞ」という誤った警告メッセージを拡散していきます。まさに免疫の暴走。これこそがメタボの本当の恐ろしさなのです。

免疫細胞は本来なら細菌などを攻撃して私たちの体を守ってくれる味方です。ところが、暴走した免疫細胞はとんでもない事態を引き起こします。なんと、血管の壁の内部に入り込み、そこに溢れた脂を発見。これこそ、排除すべき異物だと認識して次々と食べ始めます。

しかし、脂はあまりにも大量です。パンパンに膨れ上がった免疫細胞は破裂。免疫細胞が持っていた攻撃用の有毒物質が辺りに飛び散ります。それが大事な血管の壁を傷つけてしまうのです。

こうして、暴走した免疫細胞は体中の様々な場所を痛めつけ心筋梗塞や脳梗塞、腎臓病、糖尿病など恐ろしい病気を引き起こしていきます。

メタボ克服の決定打!

コペンハーゲン大学教授のベンテ・パダーセンさんは、足の筋肉を動かした時にどんなメッセージ物質が出るか詳しく研究しました。その結果、大量に見つかったのがIL-6(アイエルシックス)というメッセージ物質です。

メタボの人の体内では、脂肪細胞から免疫の暴走を引き起こすメッセージ物質が誤って大量放出されていますが、その量がIL-6によって半分以下に減ったのです。

運動をすると、筋肉からはメッセージ物質ILー6がどっと放出されます。そして、血液にのり全身へ。受け取るのはメタボの人の体内で暴走している免疫細胞です。IL-6が伝えるメッセージは「戦うのはやめて」というもの。すると、免疫細胞の戦闘モードが解除されるのです。こうして、免疫の暴走が収まるとパダーセン博士は考えています。

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