西口彰 連続殺人事件|爆報!THEフライデー

TBSテレビの「爆報!THEフライデー(ばくほうザフライデー)」爆報!謎解きサスペンスで西口彰連続殺人事件について放送されました。西口彰(にしぐちあきら)は1963年、5人もの人間を殺害しながら77日間にわたり全国を逃走し続けた連続殺人鬼です。この凶悪事件は作家・佐木隆三により小説家されベストセラーになり直木賞も受賞。さらには映画化もされ日本アカデミー賞最優秀作品賞を獲得しました。

 

最初の事件が起こったのは1963年10月18日、福岡県で発生しました。西口彰は顔見知りの専売公社(現JT)の職員2人を誘い出して犯行に及びました。1人を血みどろになるまで撲殺し、逃げようとするもう一人を包丁で殺害。目的はその日に集金していた金26万円(現在の価値で260万円)でした。これが日本中を震撼させる大逃亡劇の始まりでした。

 

遺留品や目撃情報から窃盗や詐欺で前科4犯の西口彰が容疑者として浮上しました。西口彰は1925年に大阪で生まれました。16歳の時から詐欺や恐喝に手を染める札付きの悪で、刑務所生活を繰り返していた前科持ちでした。警察は西口彰を福岡県内で指名手配。事件はすぐに解決するものと思われましたが、西口彰の変装によって足取りは消えてしまいました。

 

西口彰が再び凶悪な殺人事件を起こしたのは浜松。そこで変装したのは大学教授でした。記事によると、西口彰は身なりだけでなく、発する言葉も完璧でした。西口彰は専門書を読むなどして完璧に大学教授になりきっていたのです。さらに、第三者になりすまし旅館に電話し女将を信用させました。そして西口彰は旅館を経営する親子を殺害しました。西口彰は旅館の主人に変装し質屋を呼び、旅館にある金目の物を売り飛ばし逃亡資金を作ると逃走しました。この事件で面子をつぶされたのは警察。西口彰を全国に指名手配しました。

 

1963年12月20日、西口彰は東京で殺人を犯しました。会社役員に変装し、弁護士に近づき殺害したのです。そして弁護士バッジを奪い逃走しました。

 

1964年1月2日、西口彰は熊本県の小さな温泉街に現れました。変装していたのは東京から来た弁護士。ターゲットとなったのは冤罪の囚人を救う活動をしていた古川泰龍さんでした。実は西口彰は10代の頃に服役していた刑務所で古川さんの情報を知り、その資金に着目。弁護士に変装し冤罪の活動に協力するふりをして金を騙し取ろうとたくらんでいました。そんなことなど全くしらない古川さん一家。しかし、11歳だったるり子は弁護士だという男が西口彰だと気づきました。母親はるり子の姉に交番で手配書を確認させました。当時、新聞でも西口彰は東京に潜伏していると報じられており誰もがそうだと信じていました。しかし、手配書の写真は確かに弁護士に似ていました。手配書に書いてある特徴の一つは鼻の右側のイボ。しかし、西口彰はすでにイボを切り取っていました。るり子の言葉に不安になった母は警察へ。しかし、駐在所の警官は留守でした。

 

るり子の父親は西口彰を家に泊め、寝ている間に警察に来てもらうことにしました。万が一に備え、家族が寝る部屋に鍵を設置し、警察が到着するまで起きているふりをして寝込みを襲われないように過ごしました。そして午前4時、警察が到着しました。警察は西口彰と一緒に近くの露天風呂に入るようるり子の父親に頼んできました。西口彰は右胸の下に刃物で刺された痕が残っているからです。翌朝、父親は西口彰を誘い近所の露天風呂へ。中には刑事が2人待機していました。このとき、西口彰はタオルで右胸の下を隠していました。るり子の父は「背中を流しましょう」と提案し、タオルの下を確かめようとしました。あと少しというところで警戒したのか西口彰は風呂を後にしました。そして町から出ようとしていた西口彰を警察は逃走と判断。偽名だった西口彰を本名で呼び止めました。突然の本名に思わず足を止めた西口彰は逮捕されました。

 

後の取り調べで西口彰は5人の殺害以外に10件もの詐欺を行っていたことが判明。そのすべては完璧な変装のすえの犯行でした。では、なぜるり子だけが西口彰の変装を見破れたのでしょうか。実は殺された人物が騙された変装は全てエリートでした。西口彰が利用していたのはハロー効果。初対面の人物を判断するとき、相手の社会的地位や職業に引きずられて判断が歪んでしまいます。人々が騙されていたのは西口彰の変装ではなく肩書きだったのです。特に当時は学歴格差が生まれつつある時代。人々の間にはエリートに対する憧れがあり、西口彰の変装に騙された人たちはみなその肩書きを前に疑うことをやめ信用しきっていたのです。しかし、それは大人に限ったこと。子供の場合は相手の社会的地位は重要ではないので、顔や表情で認識して犯罪者を見抜くことができたのです。そして、るり子は交番の手配書を毎日見ていました。実は、西口彰という名前がるり子の同級生の西原彰くんと一文字違いだったため手配書をよく覚えていたのです。




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