ミイラが暴くマチュピチュの謎|ミイラが暴く世界三大ミステリーツアー

テレビ東京の「ミイラが暴く世界三大ミステリーツアー2“科学が挑む新事実”」でミイラが暴くペルーのマチュピチュの謎について放送されていました。

 

マチュピチュは1450年頃インカ帝国によって築かれた街です。16世紀半ばに廃墟となったマチュピチュが発見されたのは1911年、アメリカの考古学者ハイラム・ビンガムによってでした。発見された当時は木に覆われ、見えたのは段々畑の一部だけでした。

 

マチュピチュの大きさはちょうど東京ドーム1個分。マチュピチュの街は大きく2つに分けられており、皇帝や貴族の居住エリアと職人や農民の居住エリアがありました。マチュピチュは最大1000人が暮らしていたと言われています。マチュピチュは雨も多く、太陽と水、食料に恵まれた理想郷でした。それにも関らず、マチュピチュが出来て90年程たった頃に人々は忽然と姿を消してしまったのです。その謎を解くカギはミイラにあると言います。

 

インカ帝国は独特の文化を持ち、ミイラを崇拝していました。インカの人々はミイラを身近に置いて人は死んでもミイラになることで魂は生き続けると考えていたのです。ペルーには今もミイラと共に暮らす村があります。

 

インカ帝国はミイラ崇拝の文化がありますが、マチュピチュでは一体もミイラが発見されていません。ナスカなどの乾燥地帯では自然とミイラが作られ、クスコなどの高山地帯では人工的にミイラを作ることができましたが、高温多湿なマチュピチュはミイラを作ることができませんでした。死の恐怖を取り除いてくれるミイラを作ることが出来なかったため、人々はマチュピチュを捨てたのではないかと考えられているそうです。




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