大阪市の生活保護急増の実態|ETV特集

NHK・Eテレの「ETV特集」で生活保護受給者日本一の大阪市の危機について放送されました。

 

9月1日、大阪区役所の前には早朝から行列ができていました。毎月1日は生活保護費の支給日。大阪市は生活保護の受給者が日本一多い街です。窓口で1ヶ月の暮らしを支える現金が手渡されます。大阪市で9月に生活保護を受け取ったのは14万6千人。市民の20人に1人が受給している計算になります。支給額は年齢や家族構成によって異なり、40代の単身者の場合は12万3610円です。生活保護費や医療の補助を含めると毎月200億円以上かかり、市の財政を圧迫しています。

 

大阪で生活保護が急激に増え始めたのは2年前。市は受給者に対応するケースワーカーを増やしましたが追いつかないのが現状です。1人が100人近い受給者を対応するため、生活の実態を掴むことさえ容易ではありません。繁華街に近い浪速区では住民の10人に1人、隣の西成区では5人に1人が受給者です。この辺りには入居者の大半が生活保護受給者というアパートも少なくありません。こうしたアパートの家賃は多くの場合、月4万2000円です。

 

10月、大阪市の平松邦夫市長はある提案を携え上京しました。受給者の激増に対応できない現在の生活保護制度は抜本的に改革すべきだと国に申し入れたのです。平松市長は「弱い人や本当に働けない人を支えるのが生活保護。働ける人には働いていただく」と言っていました。日本一生活保護受給者の多い大阪市では、セーフティーネットの有り様をめぐって混乱と模索が続いています。

 

膨れ上がる生活保護費に危機感を深めた大阪市では去年9月に生活保護行政特別調査プロジェクトチームを設立し対策に乗り出しました。このままの勢いで生活保護が増えていけば市の財政が立ち行かなくなるのは明らかです。何とか歯止めをかけるのが市長直属のプロジェクトチームの使命です。2年前から一気に増えた生活保護費は市税収入の半分ちかい2863億円にもなります。一月あたり200億円を越える負担の削減が急務です。

 

市長の特命を受けたプロジェクトチームのメンバーが生活保護激増の要因を探ろうと聞きとり調査を行いました。すると不適切な需給が疑われるケースが浮かび上がってきました。千葉県でホームレスをしていたという男性は路上で寝泊りしているところを関西弁の男に「大阪に行かないか?」と誘われたと言います。「今大阪に行けば生活保護が受けられるし、けっこう楽しく暮らしていけるから」と言われたそうです。誘いに応じた男性はワゴン車に乗せられ、他にも5人のホームレスが誘われていたそうです。大阪に着いた男性は木造の古いアパートに連れて行かれ、不動産屋に生活保護を申請してアパートに住むように言われました。

 

日雇い労働者の街として知られるあいりん地区(西成区)ではドヤと呼ばれる宿泊施設が生活保護受給者を対象とした福祉マンションに衣替えする動きが目立っています。生活保護の増加をビジネスチャンスととらえ多くの受給者を囲い込もうとしています。生活保護の受給者は医療費も全額公費から支払われるため、自己負担が全くありません。そこに目をつけ受給者を中心に診療を行う医療機関もあらわれました。田島伸一さん(仮名)は退院する時、病院から生活保護を申請してあるアパートに住むように言われました。そのアパートの所有者は病院と密接な関係を持つ不動産業者です。生活保護の場合、敷金や礼金、最低限必要な生活用具などは全て公費から支払われます。この病院と関連のある業者は礼金と手数料の名目で市が定めた限度額いっぱいの29万4000円を受け取っていました。病院が発行した退院証明には便秘症・肝機能障害などの病名があるものの、ほぼ治った状態だとしるされていました。しかし、退院後1年以上経ったのに田島さんは週3回送り迎えつきで通院しています。

 

54歳の大野淳二さん(仮名)は糖尿病などの治療のため田島さんと同じ病院で1年半の入院生活を送ったのち、このアパートにやってきました。大野さんの退院証明にも病状は軽くなったとしるされています。退院してから1年、今でも週に1回通っています。生活保護受給者の場合、薬代も自己負担はゼロ。大阪市の調べによると患者の大多数が生活保護受給者という医療機関は34あるそうです。医療費の自己負担がないことから過剰な診療が行われているのではないかとみています。

 

生活保護制度が出来たのは昭和25年です。当時は敗戦の傷跡が深く残り、その日の食事にも事欠く人が溢れていました。生活保護制度は憲法第25条にいう生存権を現実のものにするために作られました。様々な理由で貧困に陥った人に健康で文化的な最低限度の生活を保障する最後のセーフティーネットです。その後、昭和30年代に高度経済成長が始まると生活保護の受給者は減っていきました。好景気で活気づく大阪には全国から労働者が集まり人口が膨れ上がりました。制度が始まった当時200万人を超えていた受給者がバブル経済後の1995年には88万人にまで減りました。しかし、その後の平成不況の中で増加に転じます。長引く不況のどん底であえぐ日本経済、中でも大阪は深刻です。失業率は7.7%と大都市の中ではとびぬけて高く、住民の高齢化も進んでいます。日雇い労働者の街として知られるあいりん地区も不況の直撃を受けていました。仕事の量は減り日本の経済を底辺で支えてきた人たちは追い詰められています。生活のすべを失いホームレスに転落。生活保護に最後の希望を託そうとする人が増えています。

 

市長直属のプロジェクトチームでは生活保護に群がる貧困ビジネスが蔓延する一方、保護に安住し働く意思を失う受給者が増えてきたと見ています。生活保護の受給者のうち働ける人には一定の期限をもうけて再就職を支援。それでも働く意欲を見せない場合は保護の打ち切りも辞さないとするなど踏み込んだ改革案を検討してきました。本来、生活保護制度は働ける人は働く努力をすることが前提となっています。就職相談の窓口に姿をみせない受給者に対しては市のケースワーカーが個別訪問を繰り返し、働くように促しています。しかし、なかなか意欲の高まらない受給者が少なくないのが現実です。

 

10月20日、平松市長は生活保護制度の改革案を手に上京しました。大阪市が中心となって全国に19ある政令指定都市の市長会でまとめあげたものです。大阪の現実を生活保護行政を所管する厚生労働省にぶつけ制度の抜本的改革をもとめようとしています。改革案は以下。

・3~5年間の就労支援の後保護継続を検討
・医療費の一部自己負担(過剰診療をふせぐため)
・生活保護費の全額国庫負担

11月、NPOや弁護士などの呼びかけで急増する生活保護の問題を考える集会が開かれました。その席で大阪市などの改革案に対する厳しい反発の声があがりました。反貧困ネットワーク事務局長の湯浅誠さんは日本では生活保護以外のセーフティーネットが脆弱であることが問題を深刻化させていると言っていました。

 

増え続ける生活保護受給者、解決の決め手は働ける受給者には働いてもらうことしかありません。大阪市ではまず意欲の高い人から就職してもらおうと独自の支援を展開しています。民間業者のノウハウを活かそうと人材コンサルティング会社に委託して開いた就職相談の窓口です。経験豊かなカウンセラーが履歴書の書き方、面接の受け方から指導。経験や能力に応じた求人を紹介しています。

 

12月1日、この日も朝早くから生活保護受給者が区役所の前に並んでいました。大阪市の生活保護受給者は14万7千人を超えました。このままいけば15万人を超えるのは時間の問題です。経済が長く低迷する中、都道府県が定める最低賃金で働いたとしても生活保護費に満たないという逆転現象も起きています。苦労して仕事を見つけたとしても給与が保護費よりも少なければ働く意欲を失い保護から抜け出せなくなってしまう人が現れるのも無理はありません。生活保護行政を担当する現場の職員は危機感をつのらせています。この半年間に大阪市が支援して就職した人は1193人、そのうち生活保護から抜け出せたのは28人です。その間、新たに生活保護を申請した人は1万人を超えています。




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