マリア・カラスの真実|世界のコワ~イ女たち

TBSテレビの「ブラマヨ衝撃ファイル!世界のコワ~イ女たち」でマリア・カラスについて放送されました。マリア・カラスは世界の歌姫と呼ばれた20世紀最高のオペラ歌手です。

 

1923年、ニューヨークで生まれたマリア・カラスは幼い時に両親が離婚、母に引き取られました。しかし、母は望んで引き取ったわけではありませんでした。男の子が欲しかったという理由でマリアにつらくあたりました。マリアは外出することを禁じられ部屋に閉じこもって過ごしました。唯一心を許した小鳥相手に歌を歌っていました。母もマリアの歌の才能に気付き「絶対に歌手になれ」と言いました。やがてマリアは本格的にプロの歌手を目指すようになりましたが、歌うこと以外は外出を許されない生活でした。

 

20歳になる頃には体重は100キロ以上に。その容姿からかオーディションには次々と落選。怪物のようだとバカにされました。そんな中マリアの美声に気付いたのが音楽プロデューサーで実業家のジャン・バッティスタ・メネギーニでした。マリアはメネギーニと専属契約を結び、彼の尽力で様々な舞台に立つことになりました。出会いから2年で二人は結婚。女としての喜びをしったマリアはダイエットを決意。1日1食でパンやパスタなどの主食は禁止しました。1年間のダイエットのすえ、40キロの減量に成功。美しくなりベストドレッサー賞まで受賞しました。人々は「世界のディーバ」と彼女を呼びました。公演は常に超満員、世界各国から出演オファーが殺到しました。

 

しかし、マリア・カラスは勝手に出演料を高額に引き上げ所属事務所とのトラブルが連発しました。さらに気に入らない曲は歌わないなどワガママがエスカレートしていきました。1958年のローマ・オペラ座公演ではイタリア大統領やチャップリンなど世界の超一流セレブが大集結していたにも関わらずマリア・カラスは舞台をキャンセル。世間の怒りをかい、ゴシップとスキャンダルがつきまとうようになりました。それでも夫は変わらぬ態度で接してくれました。

 

実業家アリストテレス・オナシスが招待してくれた地中海クルーズでマリア・カラスはオナシスと不倫。クルーズが終わると夫と離婚しオナシスと豪遊三昧の日々を送りました。しかし、オナシスは元ジョン・F・ケネディの妻ジャクリーンと電撃結婚。マリアは激怒しました。そんな時、マリアはオナシスの子供を妊娠していることが分かりました。しかし、子供は生後1日で亡くなってしまいました。

 

1965年、マリア・カラスはロンドン・コヴェント・ガーデン公演で声が出なくなり舞台をキャンセル。オナシスの裏切りや子供の死によるストレスで声が出なくなってしまったのです。マリア・カラスは翌年引退を表明。その後はパリでひっそりと暮らしました。そして、1977年、薬の多量摂取で他界(享年54)しました。




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