池田貴族の残された妻は今…|爆報!THEフライデー

1990年代、ド派手な衣装でファンを熱狂させたロックバンドが「remote(リモート)」です。そのボーカルが池田貴族(いけだきぞく)さん。

池田貴族さんは90年代、心霊研究科としても活躍。さらに、過激なコメントを発することでも知られていました。

しかし、人気絶頂の1999年12月25日にがんで亡くなりました。

池田貴族さんの妻・一美さん(47歳)は家賃11万円の1DKマンションに暮らしています。一美さんは現在、老人ホームの介護福祉士として働いています。夫の死後、猛勉強のすえ資格を取得しました。

一美さんがこの仕事を選んだ裏には重大な理由がありました。実は一美さんは池田貴族さんが亡くなる直前、後悔してもしきれない最悪の1ヶ月を過ごしていたのです。

一美さんは1969年、三重県で生まれました。芸能界を夢見ていた彼女は、21歳の時にレースクイーンに。その後、活動を名古屋にうつしアイドルとして活躍しました。

そんな一美さんが池田貴族さんと出会ったのは1993年。池田貴族さんが司会をつとめていた名古屋の深夜番組でした。この番組の共演で一目惚れした池田貴族さんは、一美さんに猛アプローチ。交際に発展しました。そして3か月後には同棲を開始。仕事もプライベートも順風満帆な生活が続きました。

しかし交際3年目の1996年、池田貴族さんは背中の痛み、貧血、食欲不振、吹き出ものなど体の異変に襲われました。精密検査を受けると肝臓がんであることが分かりました。池田貴族さんはすぐに手術を受け肝臓の4分の1を切除。手術は無事成功しました。

そんな中、一美さんの妊娠が判明。ところが、池田貴族さんの肝臓がんが再発してしまいました。それでも、1997年7月に2人は結婚。翌年2月に長女・美夕ちゃんが誕生しました。その後も池田貴族さんは、再発と手術を繰り返し体重は10kgも激減しました。

そんな池田貴族さんにとって娘は生きる希望でした。体力がなくなっていく中でも必死に様々な場所に出かけ思い出を増やし続けました。一美さんも頑張る夫を見て24時間つきっきりで看病し、2人でがん克服を目指しました。

ところが、池田貴族さんが亡くなる1ヶ月前、一美さんに異変が起こりました。突如、夫を拒絶。さらに、トイレに行くことすらままならない池田貴族さんのためナースにオムツを渡された時も介助を拒絶。ベッドの脇にオムツを放置してしまったのです。

さらに、激しいがんの痛みに襲われていた池田貴族さん。医師から痛み止めを打つ同意書にサインを求められましたが、決断できず逃げ出してしまいました。

12月23日、病室にいたくない一美さんは美夕さんと外出しようとしました。すると、池田貴族さんは自らの死期をさとったのか「少しでも一緒にいたい」と懇願してきました。しかし、一美さんは池田貴族さんの願いを振り払い、逃げるように買い物に出かけました。

直後に池田貴族さんの容態が悪化。その後、夫婦はまともな会話も交わせぬまま12月25日に池田貴族さんは亡くなりました。

一美さんは、この最後の1ヶ月を今も後悔していると言います。実は、一美さんは予期悲嘆に陥っていたのです。一美さんは夫の死後、自らを責めすぎてうつ状態に。自宅から一歩も外に出ず、黒い服ばかり着るという生活が続きました。

そんなある日、介護福祉士への転身を思いつきました。それは、池田貴族さんを見放してしまった1ヶ月を取り戻すためだったと言います。今では認知症患者から看取り介護まで何でもこなす介護のスペシャリストになっています。

そして当時1歳10か月だった美夕ちゃんは2017年1月、アイドルデビューしました。

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