広島 同時多発土砂災害|NHKスペシャル

NHK総合テレビの「NHKスペシャル」で緊急報告 広島 同時多発土砂災害が放送されました。一昨日未明、広島市を突然の豪雨が襲い、市内50ヶ所以上で土石流や崖崩れが同時多発的に発生。多くの人が逃げる間もなく被害にあったことが分かってきました。土砂災害をもたらした集中豪雨は、わずか3時間で平年の1月分に及ぶ猛烈な雨が降りました。8月、近畿地方でも豪雨による大きな被害が出ました。なぜこれほど多発しているのか、そのメカニズムが明らかになってきました。

 

同時多発土砂災害 その時 何が

今回、特に被害が大きかったのが安佐南区の八木地区です。市の中心部まで車で20分程。1万3000人あまりが暮らしています。原田義明さんの家は八木地区の中でも山に近い場所にありました。土砂によって家の3分の2が流され、就寝中だった妻は逃げることが出来ず、自宅の側で亡くなっているのを原田さんが確認しました。8月19日の夕方から断続的に雨が降っていた広島市。八木地区では日付が変わる頃、雨は一旦弱まっていました。しかし、20日の午前1時過ぎから突然雨が激しさを増していきました。そして午前1時15分、気象台と県は土砂災害警戒情報を発表。住民たちは異変を感じ始めたと口々に語っています。午前2時過ぎ、さらに猛烈な雨が降り始め、土砂災害警戒情報をきっかけに通常の2倍の体制を組んだ広島市消防局の通信司令室には市内の各地から119番通報が殺到し始めていました。安佐南区山本地区の村上正幸さんは午前2時半頃、裏山の異変に気づいて家から脱出したと言います。その直後、隣の家には土砂が流れ込み2人の子供が巻き込まれました。午前3時21分、消防局にこの2人の救出を求める通報が入りました。土砂崩れの被害を伝える最初の通報です。この後、続々と救助を求める通報が市内各地から相次ぎました。

 

今回、特に被害が大きかった安佐南区八木地区では、住民たちは午前3時頃から次々と土砂崩れにみまわれました。山沿いに建つ団地にも突然土石流が流れ込みました。団地の1階に住んでいた高橋利幸さんは部屋で眠っていたところ、怖いという娘の声で目が覚めたと言います。窓を突き破った土砂が部屋を埋め尽くしていました。高橋さんは慌てて外に出ましたが、膝まで浸かる泥水に遮られ、その場で朝を待つしかありませんでした。団地の周辺では多くの人が亡くなったり連絡が取れなくなったりしています。広島市内に最初の避難勧告が出たのは午前4時15分。わずか3時間の間に50ヶ所以上で土砂災害が同時多発的に起きていました。暗闇の中で多くの命が失われていたのです。

 

予測できない豪雨の発生メカニズム

広島地方気象台の三角幸夫台長は今回の局地的豪雨は予測の限界を超えていたと言います。雨が強まり始めたのは午前1時過ぎ。気象台は今後雨がさらに強まると判断し1時15分に土砂災害警戒情報を出しました。しかし、1時間に100mlを超えるような猛烈な雨が降るとは予測していませんでした。ところが、雨は予想をはるかに超え午前4時までの1時間に101ml、3時間で200mlを超えるという観測史上最大の雨量を記録したのです。予測できない豪雨はどのようにして発生したのでしょうか?気象研究所の加藤輝之(かとうてるゆき)室長が解析を始めています。

 

今回、大雨をもたらしたのは細長く伸びる雨雲「線状降水帯」と呼ばれるものです。線状降水帯の断面を見ると9個もの積乱雲が連なって出来ていることが分かりました。通常の積乱雲は上昇気流によって生まれ、雨量は多くても1時間に30ミリ程度で雲は消えていきます。ところが、今回は積乱雲が同じ場所で次々と発生。バックビルディング現象と呼ばれています。この雨雲が狭い範囲に雨を集中させたのです。バックビルディング現象はなぜ起きたのでしょうか?

 

当時、前線の影響で湿った空気の帯が九州から中国・四国地方を覆っていました。この湿った空気の帯の下ではどこでも強い雨が降りやすい状態になっています。加藤さんの詳しい解析によって、さらに悪条件が重なったことが明らかになってきました。広島の南側に位置する豊後水道は四国と九州の山地の挟まれ、谷のようになっています。その谷めがけて太平洋から大量の暖かい水蒸気が流れ込み、これが豊後水道を通り抜け広島を直撃したのです。夜遅くに豊後水道から流れ込んだ水蒸気の塊は、広島上空を覆っていた湿った空気の帯にぶつかりました。湿った空気の帯には弱い上昇気流が発生し続けています。そこに水蒸気の塊がぶつかると大量の水分が供給され、上昇気流が一気に強まります。この上昇気流が積乱雲を次々と発生させるバックビルディング現象を引き起こしたのです。

 

8月16日から17日にかけて京都府で1時間に80ミリ以上の雨量を観測した局地的豪雨もバックビルディング現象がもたらしたものでした。3時間に300ミリ近い雨が降り土砂災害が発生した2012年7月の九州北部豪雨もバックビルディング現象による線状降水帯がもたらしたものでした。さらに、今回の被害を拡大させたのは明け方に豪雨が発生したことです。加藤さんは、今後も明け方の雨の降り方に注意が必要だと指摘しています。過去に西日本に30ミリ以上の激しい雨が降った時間帯を分析した結果、午前3時から9時頃が最もよく激しい雨が降り、午前6時頃がピークであることが分かったのです。特に集中豪雨を警戒すべき時間帯は明け方なのです。

 

なぜ進まない?警戒区域の指定

国は土砂災害の恐れのある地域を警戒区域に指定する制度を作って様々な防災対策を講じることで被害を防ごうとしてきました。しかし、今回大きな被害を受けた地域のほとんどが警戒区域に指定されていませんでした。広島県では15年前にも32人が犠牲となる土砂災害がありました。その教訓から2年後の平成13年、土砂災害防止法が定められました。都道府県は地形などから土砂災害の恐れがある危険箇所を選び、その中で人命に被害が及ぶ恐れがある地域を警戒区域に指定。土砂災害ハザードマップを配布し、住民の避難計画を作成することが市町村に義務付けられています。現在、広島県内の危険箇所は約3万2000で、このうち警戒区域に指定されているのは約1万2000です。今回、大きな被害が出た7つの地区のうち6つの地区は警戒区域に指定されていませんでした。特に被害の大きかった安佐南区八木地区は多くの危険箇所がありましたが、警戒区域に指定されていません。住民の多くは、これまで土砂災害の危険を感じたことはなかったと言います。なぜ警戒区域の指定は進んでいなかったのでしょうか?

 

警戒区域の指定にはまず地形や地質などを現地で詳細に調査する必要があります。調査は民間の調査会社に委託することが多く、費用は1つの地域だけで20万円~40万円。期間も半年間ほどかかります。広島県では毎年1200箇所を警戒区域に指定してきましたが、対象地域が多く調査が追いついていませんでした。さらに指定までには住民の理解を得ることが欠かせません。警戒区域に指定されると土地や建物の売買のさいに警戒区域であることを説明する義務が生じます。危険性が高い地域は特別警戒区域に指定され、新たな住宅の建築が制限されるほか、すでにある住宅には移転するよう勧告されることもあります。こうした制限を住民に受け入れてもらうのは容易ではありません。

 

一方で今回の豪雨では警戒区域の指定だけでは被害を十分に防ぐことが出来ないという課題も浮かび上がりました。大きな被害のあった7つの地域のうち、唯一警戒区域に指定されていた安佐北区可部東地区は2012年に約2000世帯が警戒区域に指定されました。この地区に50年前から住む宮本和夫さんは、警戒区域の指定以降ハザードマップで避難経路を確認したり、避難訓練に参加するようになりました。今回、宮本さんは雨が強くなったのをきっかけにラジオや懐中電灯などが入った非常用の持ち出し袋を準備しました。外の状況を確認しながら、指示があればすぐに避難できるよう備えていました。しかし、この地区でも避難勧告が出る前に土砂崩れが発生し、複数の住民が命を落としています。