培養表皮と培養軟骨|夢の扉+

TBSテレビの「夢の扉+(ゆめのとびらぷらす)」でひざ軟骨や皮膚を培養!再生医療元年が放送されました。奇跡の治療を生む再生治療。iPS細胞の研究が加速する中、実は既に製品化されているものが日本には2つあります。それは膝の絶え間ない痛みを取り除き命を落とすようなひどい火傷から救い出す医療の不可能を可能にできるもの。そんな再生医療をいち早く実用化させたのはJ-TEC(ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング)事業開発室長の畠賢一郎(はたけんいちろう)さん。歯科医として口腔外科の道を歩んできた畠賢一郎さんは一人でも多くの患者を再生医療で救いたいと医療メーカーに転向。これまでの経験を武器に実用化に向け困難な道を走り続けています。

 

国内第一号となった再生医療製品が培養表皮(ばいようひょうひ)です。皮膚の中でも一番外側にあたる表皮を人工的に増やしたもの。一枚の大きさは8×10cm、厚さは100分の1mmほど。5年前、愛知県の病院に全身に火傷をおった5歳の男の子が運びこまれました。成人の場合、生死を分ける火傷の面積は全身の40%ですが男の子の火傷は92%にまで及んでいました。通常の治療では火傷をおっていない皮膚から移植を行いますが、男の子に残された皮膚はあまりにも少なかったため畠賢一郎さんの培養表皮の威力が発揮されることになりました。鍵は自分自身の皮膚から培養すること。必要とされる患者の皮膚は切手ほどの大きさ。3週間ほどかければ全身を覆える程の面積にまで増やすことができます。元は自分の細胞なので拒絶反応も起こりません。ところが、当時培養表皮は保険の適用が認められていなかったので1枚30万円もしました。そのため治療を行えば莫大な費用が男の子の家族に請求されてしまいます。社内で緊急会議が開かれました。畠賢一郎さんは費用を会社で負担することを提案。社員の気持ちは一つになりました。手術では2回にわたって計40枚の培養表皮を移植。生存率は3%と言われた男の子が入院から11ヶ月後に無事退院しました。命を守るためJ-TEC(ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング)が負担した費用は約1200万円もなりました。翌年には保険が適用され5年間で250人以上の患者に培養表皮を提供してきました。

 

しかし、J-TEC(ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング)は創業以来15期連続の赤字が続いています。それは培養してきた患者さんが途中で死んでしまうことが多くあるからです。皮膚の培養にかかる期間は約3週間。年間100件近い注文のうち製造半ばで終わってしまうケースが4割にもなります。その場合、途中までかかった費用は会社が負担しなければならないのです。しかし、いくら赤字が続こうとも畠賢一郎さんにはこの仕事に対する揺るぎない信念があります。

 

1991年に広島大学歯学部を卒業した畠賢一郎さんは39歳まで大学病院で口腔外科医として働いていました。診療のかたわら研究にも携わり口の中の粘膜を培養する再生医療という分野に魅せられていきました。臨床医としての経験は再生医療を広める上できっと活かせるはずと、畠賢一郎さんは白衣を脱ぎ捨て医療メーカーに飛び込みました。ところが、日本一難しいと言われる日本の認可制度の壁がたちはだかりました。それをクリアするため書類を作っては霞ヶ関へと通いつめる毎日。そして2007年に培養表皮は国内第一号の再生医療製品として承認を得ました。創業から8年もの歳月が費やされました。

 

次に畠賢一郎さんたちが挑んだのは、不可能とされていたひざの軟骨の再生です。広島大学の越智光夫(おちみつお)教授は患者自身のひざ軟骨を人工的に増やすという再生医療技術を開発しました。培養軟骨は培養表皮に次ぐ第二号の再生医療商品として国から承認をえました。製品化のために越智教授が手を組んだのは畠賢一郎さんのいるJ-TEC(ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング)でした。培養軟骨は今年4月から保険が適用され培養軟骨が多くの患者さんを救うことに。そもそも軟骨は骨同士がぶつかるのを防ぐクッションのような役割をしています。軟骨は一度損傷すると自然に治ることはありません。これまでは軟骨を形成するヒアルロン酸の注射や人工関節におきかえる治療が主流でした。そんな医療の常識を覆すのが培養軟骨。患者自身の軟骨細胞を採取し4週間培養。再び膝に戻せば軟骨が蘇り痛みがなくなると言います。




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