テオティワカン文明の謎|世界ふしぎ発見!

TBSテレビの「世界ふしぎ発見!」でテオティワカン文明とUFOについて放送されました。メキシコにあるポポカテペトル山、通称エル・ポポは標高5426m。ポポカテペトル山の噴火の原因はUFOであるという噂があります。ポポカテペトル山周辺ではUFOの目撃情報がたくさんあるのです。なぜ火山でUFOが目撃されるのか、その答えがテオティワカンに隠されていると言います。

 

テオティワカンは紀元前1世紀頃に誕生し、3世紀~6世紀に最盛期を迎えました。最大の建造物が太陽のピラミッド。エジプトのクフ王のピラミッドと底面積がほぼ同じです。テオティワカンとは「神々が集う場所」という意味。テオティワカンが滅んで800年後、ここを再発見したアステカ王国の人々があまりに建造物が大きいので神々がつくったものに違いないと思いそう名づけたのです。テオティワカンの最盛期の人口は20万人。テオティワカンの大きな特徴は計画都市であることです。死者の大通りと呼ばれる南北5kmの道を中心につくられています。テオティワカンの軸となる南北のラインは本当の南北よりも15度30分ずれています。ずれていることによって8月12日に太陽が太陽のピラミッドのラインを通って昇り沈みます。古代メキシコの暦では今の世界は紀元前3114年8月12日に始まったとされています。テオティワカンの軸はこの世が始まったとされる8月12日の日の出と日の入りに合わせて作られているのです。テオティワカンでは太陽だけでなく金星や様々な星座も観測していました。天体観測によって雨季や乾季がいつ始まるかなどを予測していたのです。

 

テオティワカンはある町が滅んで生まれたと言われています。その町というのはクイクイルコ。クイクイルコにも直径120m、高さ20mの円錐形のピラミッドがあります。これは火山を模したピラミッドだと考えられています。クイクイルコのピラミッドはテオティワカンのピラミッドと同様に方位にこだわってつくられています。クイクイルコは紀元前1世紀ころから火山の噴火によって徐々に衰退し、最後は溶岩の下に埋もれてしまいました。そこから多くの人たちが逃れてきてテオティワカンを作ったのです。そして彼らが築いたのが火の神をまつる太陽のピラミッド。外壁は火の色、真っ赤に塗られていました。そして太陽のピラミッドだけでなく月のピラミッドも真っ赤に塗られていました。さらにピラミッドは火山の石で作られていました。

 

興味深いことにテオティワカンの繁栄は火山が生み出すものによってもたらされました。それが黒曜石(こくようせき)です。ここで採れる黒曜石は緑色で光を当てると黄金に輝く特殊なものです。テオティワカンの人々が黒曜石の採掘を行ったのは緑の黒曜石が重要な交易品になったからです。それによってテオティワカンは繁栄。テオティワカンが滅びた後はトルテカ王国が支配。さらにトルテカが滅亡するとアステカ王国が支配。緑色あるいは黄金の黒曜石を支配したものがメキシコ高原の覇権を握ったのです。黒曜石は近代文明の鉄に当たる役割を果たしました。鉄の生産によってイギリスが大英帝国を築いたように、黒曜石を独占することによってテオティワカンは強大な国になりました。そして、ここにしかない緑の黒曜石の分布によって、その交易範囲がメキシコ中に広がっていったことも分かりました。

 

3世紀、ヨーロッパで古代ローマ帝国が隆盛をほこっていた時代、大西洋をはさんだアメリカ大陸ではテオティワカンが最盛期を迎えていました。テオティワカンは約2000年前から下水道を完備し、平屋の集合住宅は階級ごとにほぼ似たようなサイズで建築様式も統一されていました。天体観測は最上級のクラスの人たちの仕事でした。テオティワカンの人々は宇宙に取りつかれていたのです。テオティワカンには他の古代文明にみられる王宮などの大邸宅がなく、王の墓も見つかっていません。

 

しかし、ケツァルコアトル神殿の地下空間が見つかり、地下空間の天井に星空がつくられていたことも分かりました。そこから謎の石棺も見つかっています。王の墓なのかもしれませんが、まだ掘り進めないと何なのかは分からないそうです。




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