あさま山荘事件|激動!世紀の大事件

フジテレビの「報道スクープSP激動!世紀の大事件~目撃者が明かす10の新証言~」であさま山荘事件について放送されました。

1972年2月19日、総世帯視聴率は約90%、誰もが固唾を飲んで見守ったのがあさま山荘事件です。真冬の山荘で繰り広げられた史上空前の作戦。対するは連合赤軍と名乗る学生運動の一派。女性を人質にして立てこもる5人の若者でした。事件発生から9日間、互いを探りあうようなこう着状態が続いていました。解決が長引いたのは難攻不落と言われた山荘の構造にありました。切り立った崖にたつ特殊な立地。出入り口は3階にしかありませんでした。警察は犯人が3階に立ちふさがり2階に人質がいるとよんでいました。そこで、鉄球作戦が考案されたのです。それは3階と2階をつなぐ階段を壊し犯人と人質を分断。それぞれの階に3つの部隊が突入するという作戦でした。中でも犯人がいる危険な3階への突入を任されたのは先鋭部隊と呼ばれた警視庁第2機動隊の上原勉中隊長でした。犯人がどこにいてどんな武器を持っているかさえ分からぬまま、内部の構造だけを頭に叩き込みました。また上層部は犯人が死に学生運動の殉教者にまつりあげられることを恐れていたため、拳銃使用は正当防衛以外の使用を禁止してきました。それは、現場は丸腰で犯人にだけ武器があるという戦いを意味しました。

こうして突入作戦が決行されたのは事件発生10日目の朝。午前10時47分に鉄球作戦が開始されました。狙い通り2階と3階の階段が壊されていきました。そこに戦意喪失を狙った放水。同時に3つの部隊が動き出しました。しかし、いざ突入が始まるとそこには想定外の事態が。2階に人質がいなかったのです。警察の読み違いで犯人と人質は全員3階にいたのです。そればかりか鉄球作戦で広がった穴から犯人はより激しい銃弾を浴びせてき2人のリーダーが殉職しました。突入から8時間15分で幕を閉じ学生運動もまた終焉を迎えました。




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