広島原爆 残された謎を追って|NEXT 未来のために

NHK総合テレビの「NEXT 未来のために」で科学者65歳 研究室を出る 広島原爆 残された謎を追ってが放送されました。この春大学を退職する科学者がいます。広島大学の大瀧慈(おおたきめぐ)教授(65歳)です。大瀧教授はひたすら数字の解析を続けてきた統計学者です。1945年8月6日、広島に投下された原子爆弾によって多くの人々が下痢や脱毛といった急性症状に襲われ、後にがんや白血病を発症しました。大瀧さんは国や広島県、広島市が集めた28万人の健康調査票のデータベースを作り、30年に渡って更新し続けています。圧倒的な量のデータ解析によって見えない放射線と病気の関係を明らかにし、世界の放射線研究に影響を与えてきました。しかし、大瀧さんにはどうしても解けずにきた謎がありました。それは原爆が放った放射線を直接浴びていない人々が後から市内に入り、下痢や脱毛、がんなどの病気を発症したことです。研究生活最後の冬、大瀧さんは初めて大学の外での調査に乗り出しました。データベースにはない事実の発見に最後の望みを託したのです。

 

日本の放射線研究をリードしてきた広島大学。大瀧慈教授は41年間、研究室での時間に全てを捧げてきました。事実を曇りのない目で見るために、あえてデータの解析だけに徹し放射線と健康被害の関係を明らかにしてきました。その大瀧さんにはどうしても解けない謎がありました。原爆が放った放射線は直接人々に降り注ぎましたが、被ばくを免れた人たちの中に家族を探したり怪我人を看護したりするため後から市内に入った人たちがいました。その人たちに急性症状が現れ、その後もがんや白血病になる人が相次いだのです。直接放射線を浴びていない人に健康被害が起きたのは何か別の要因があるのではないかと大瀧さんたち科学者は、空中に漂う放射性物質を吸い込んで起きる内部被ばくを疑いました。しかし解明は難しいとして研究は進みませんでした。

 

2015年5月、大瀧さんに転機が訪れました。データベースの中に手がかりがないか新たに解析を行ったところ意外な結果が出たのです。原爆が放った放射線の量は爆心地から離れるにしたがって低くなります。そのため放射線を直接浴びた人ががんで亡くなるリスクは、距離が離れるにしたがい減ると考えられてきました。一方、今回の結果では直接放射線を浴びた人ががんで亡くなるリスクは1.2kmを超えると減らないことが分かったのです。何か他の要因がリスクを高止まりさせたのではないかと大瀧さんが疑ったのは内部被ばくでした。

 

2016年1月、広島に世界を代表する放射線の専門家が集まりました。大瀧さんはこの場で自分の仮説を発表しました。しかし、放射線研究者の間では71年前の内部被ばくを証明することはもはや難しいとされています。参加者からは懐疑的な声が相次ぎましたが、それでも大瀧さんは諦めきれませんでした。1か月後、大瀧さんは初めて研究室の外に飛び出しました。統計データを解析するだけでは新しい手がかりは得られないと考えたからです。当時の市内の状況を知る被爆者を探し話を聞きました。大量の粉塵が舞っていたという証言は話を聞いた人に共通していました。後から市内に入った人たちも粉塵を吸い込んでいたのではないかと考えた大瀧さんは当時、救助のために後から市内に入った陸軍部隊の存在を知りました。

 

元隊員の田島正雄さん(88歳)は原爆投下の日の午後40人の仲間と市内に入りました。救助の間に隊員たちは粉塵にさらされ、数日後から体に異変があらわれはじめたと言います。下痢と歯茎の出血、脱毛があったと言います。戦後、がんや白血病などで亡くなった8人の仲間たちはみな放射線の影響を疑いながら亡くなっていきました。

 

当時、被爆地にどれくらいの量の粉塵が舞っていたのか。大瀧さんは福島大学環境放射能研究所の青山道夫さんに協力を呼びかけました。青山さんは大気中の放射能汚染を分析してきた専門家です。青山さんが注目したのは原爆の爆風で破壊された建物です。当時、広島市では空襲をまぬがれ多くの建物が残っていました。原爆で土壁などが一瞬にして放射能を帯び、その後の爆風で粉々になって空中に舞ったと考えました。青山さんは原爆投下前後の航空写真を比較することで、建物が破壊されて出る粉塵の量を計算しました。市内が無風だった場合、1立方メートル当たり1gという高い値の粉塵が上空1000m、半径2kmの範囲に広がっていると推定されました。粉塵は人々の体にいったいどんな影響を与えたのでしょうか?

 

そのメカニズムを調べ始めた研究者がいます。広島大学名誉教授の星正治さんです。星さんは大瀧さんと共に30年に渡って研究を続けてきました。星さんが放射線の研究を続けてきたのは旧ソ連の核実験場跡地にある研究施設です。今回、放射能を帯びた粉塵をネズミに吸い込ませ健康への影響を調べる実験を始めました。一つ一つの臓器の放射線量を測定したり細胞の傷つき方を調べたりします。結果が出るまでに少なくとも3年がかかります。

 

2016年2月下旬、陸軍部隊の元隊員に送ったアンケートの回答が集まりました。原爆投下当日の行動や粉塵をかぶったかどうか、体調の変化や病気の有無を聞きました。そして2週間後、統計の結果が出ました。爆心地から2km以内に入り粉塵を見たという人は、そうでない人に比べ下痢や倦怠感などの急性症状を発症するリスクが8.3倍高いことが分かりました。さらに粉塵を浴びたと証言した人はそうでない人に比べ、がんを発症するリスクが5.3倍にのぼっていました。

 

2016年3月3日、大瀧さんの最終講義が行われました。語ったのは研究室を出ることで思いを新たにした科学者としての信念です。ひたむきにデータが語る事実と向き合い続けてきた41年。退職間際に改めて知った事実の重みが科学者を終わりなき闘いへと駆り立てています。


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